◆死灰屠り(完/連)
第九話
◆◆
賑やかだった先程には、全く聞こえなかった鹿威しの音と虫の鳴き声が室内に響く。
風が吹く度に、葉音も参戦し合唱するが、何故か物悲しく聞こえるのは気のせいではないだろう。
「現段階で、はっきりしているのは、その傷が原因で出血多量の失血死。これは間違いない」
そう言うと、結城は湯飲みに入った緑茶をすすった。
「だとすれば、やっぱり犯人が居るって事よね」
左京の台詞に同意する様に右京が頷く。
「そうだな、状況から考えて、自殺の線はまず無いと言っていいだろう」
「その犯人が、人間なのか人外なのかは、まだ判らんけどなあ」
四郎は、肺の奥底から漏らしたようなため息を吐き、後頭部をガシガシと掻いた。
一時の間、ゆるやかに静寂が流れ、空になった湯飲みを手に持ったまま、徐に結城が口を開く。
「だが、お前さんが、こうやって真上の連中を呼んだって事は、この事件は人の仕業じゃないと思っているって事だろう?」
「……いや、人間が犯人じゃないとは思ってへん。犠牲者となったあの三人を殺したのは人ではないとは思っとるが……」
「それって、どういう意味ですか?」
翔は、赤らめた顔を怪訝そうな表情に変化させながら、四郎を見た。
翔の視線を受け、四郎は、困ったように笑う。
「まぁ、なんにせよ、現段階では、情報が少なすぎる」
「そうだなぁ、化け物を見たという話も聞いた事もないし……真理ちゃんはそういう話聞いた事あるか?」
結城は、ぼんやりとした様子で、湯飲みを握っている真理に問いかけた。
突然振られた話に、真理は少し驚いた表情を見せたが、直ぐに頭を振る。
「……私も、聞いた事ありません」
そう言った真理の表情に一瞬、陰りが過ぎった。
俺は、何か気になる事があるのかと、真理に問いかけようとしたが、電話のベル音にそれは遮られる事となった。
◆◆
煌々と月明かりが辺りを照らしあげる中、石畳の上で一人の老女が横たわっていた。
老女の投げ出された血みどろの四肢からは、既に生気は感じられない。
辺りに散らばった血溜まりが月の光に反射され、妖しげな光を放ち、時折吹く風に、水面を揺らしている。
「これまた、酷いもんだな」
結城は、ため息混じりにそう呟くと、遺体の傍で軽く手を合わせた。
結城にならい、翔も手を合わせる。
現場は、山瀬邸から、車で十分。
田んぼに囲まれた、無人の小さな神社の境内だった。
村の人達が、農作業中の休憩によく利用していた場所。
いわゆる、憩いの場所なのだそうだ。
そのお陰か、無人の神社にしては、清掃が行き届いていて、落ち葉や雑草は少ない。
警察官達が、慌しく動き回る中、俺達は、四郎と共に神社の入り口付近で、監察医としての結城の仕事を見守っていた。
「また、同じ犯人なんでしょうか」
だとすれば、死者はこれで四人目となる。
殺人とは無縁のように感じる程、のどかな田舎。
一体何が起きていると言うのだろう。
「……続くのかしらね」
ポツリと呟かれた、左京の言葉が俺達の胸に、入ってくる。
俺達も、おそらく四郎も、同じ思いを持っているのだろう。
誰一人、口を開く事なく、その場で木々のざわめく音を聞いていた。
◆◆
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