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◆死灰屠り(完/連)
第八話
◆◆



うっすらと、空に赤みが差し始め、じきに夜のとばりが下りるのを知らせてくれる。

山間にあるこの村の日没は早く、気温も日中とは違い、朝夕は肌寒く感じる程まで下がるのだそうだ。

「日が傾き始めたな。そろそろ戻るか」

そう言いながら、右京は空を仰ぎ、ついで、俺達に視線を向ける。

「そうね。日が暮れてからの調査は‘よろしく’はないしね」

左京は同意を求めるかのように、春日と俺を見た。

春日は静かに頷き、俺も「そうですね」と、賛同する。

俺達は本日の調査を打ち切り、四郎に現場の案内と、その後の夕飯にも呼ばれていた真理と共に四郎が待つ山瀬邸に戻る事にした。

まだ、これが心霊現象と決まった訳ではないが、心霊現象では無いとも言い切れない。

もし、これが心霊現象だったとしたら、俺達が相手をするモノ達は、日暮れ後に活発化するのが大半だ。

つまりは、夜間調査は危険率が大幅にアップするという事だ。

故に、心霊班では夜間の調査行動は基本、行わないのがルールとなっている。

最初は、慎重過ぎるのではないかとも思っていたが、仕事を重ねるにつれ、これが当然だと思うようになった。

“慣れ”という訳ではない。

それ程、危険なのだ。

“一瞬の隙で、命を落としかねない”いや、“落とす”と言ってもいいかもしれない。

そしてこれは、悲しい事に、過言ではない。

不可思議なモノ達は、俺達が思っているよりも遥かに未知の力を隠しもっているという事だ。

だからこそ、慎重過ぎる慎重で丁度良いのだろう。



「よう、ご苦労やったな」

山瀬邸の門前まで来ると、四郎の威勢のよい声が出迎えてくれた。

四郎は門戸に背を預け、見慣れない男性二人と向かい合うように立っている。

一人は、背が低く小太りで歳は五十半ばといったところだろうか。

よれた白衣を着ており、垂れ目でおっとりとした雰囲気を持った男性だ。

もう一人は三十代ぐらい年代で、中肉中背。

田舎の人にしては、垢抜けた印象を持つが、先ほどの男性と同じ垂れ目という事は、もしかしたら、この二人は親子なのかもしれない。

「ただいま戻りました。そちらは?」

右京の問いに四郎は「あぁ」と、返す。

「こっちの冴えないおっさんは、結城 駿(ゆうき すぐる)。この村の監察医や。で、そっちの、あんちゃんは、翔(かける)。見たら判るやろうけど、結城の息子や。で、結城、こいつらがさっき話していた奴らや」

冴えないおっさんの結城は「よろしく」と、俺達に軽く頭を下げ「……しかし、お前の紹介は相変わらず乱暴だな」と、ため息混じりにぼやいた。



すっかり太陽が沈み、代わりに月が空に昇る頃、山瀬邸のリビングからは賑やかな声と食べ物の匂いが、明るい光と共に暗く静かな外に漏れていた。

「翔さんも監察医をなさっているんですか?」

俺の言葉に翔は、少し上気した顔を縦に振る。

「ええ、この村で働いている訳ではありませんが、丁度、長期休暇で帰郷しているのですよ。そしたら、奇妙な事件が続いているでしょう?お陰で、父に、こき使われています」

翔は、苦笑いを浮かべながら、あわ立った金色の液体が入ったコップを口元に持っていくと、一気に飲み干した。

「じゃあ、あの遺体を翔さんは実際に見ているのですよね」

「ええ、悲惨でしたよ」

コトリと音を立てて、握っていたコップをテーブルに置くと、翔は何かを思い出すかのように天井を見上げた。

そんな翔の向かいに座っていた春日が、持っていた箸を置き、真っ直ぐに翔を見る。

「大きな獣に噛まれた傷というのは間違いないのですか?」

翔は少し驚いたように、垂れ目な目を軽く見開き頷いた。

「そう、見えましたね。もし仮に、人為的にあの傷を作ろうと思ったら、結構な労力と時間が要るでしょうね。傷は深いモノから浅いモノまで、遺体のあらゆる所にありましたし……」

「だが、あんなデカイ獣が存在するとも思えん」

横から入ってきた声の主は結城だ。

「もうひとつ奇妙なのが、もし獣が存在するとして、だ、その獣が被害者に噛み付いたとすれば、唾液なり、抜け毛なり、それなりの痕跡が残るものだがそういった物は見つかっていない。人為的なモノだとしても同様だ。骨が砕ける程までの力で傷跡を作るとなると、金属なんかを用いて大きな牙のようなモノを作らなくてはならないのだろうが、あれ程の傷跡を作るんだ、遺体には多少なり金属の欠片なんかが付いていてもおかしくは無いだろうにそれすらも見つからない」

結城は良子特製の南瓜の煮つけを口に放り込み「不可解過ぎる」と、言葉を続けた。






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あきゅろす。
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