◆死灰屠り(完/連)
第四話
◆◆
「ここに置いてあるものは自由に使ってちょうだいね」
そう言いながら、四郎の妻である良子(りょうこ)は、畳の香りが充満する部屋の襖を開けた。
縁側の真っ白な障子からは、午後の穏やかな日の光が淡く室内を照らし出している。
良子に連れられ、案内された場所は母屋から庭を横切り二十メートル程歩いた場所にある、離れだった。
離れは、木製の平屋造りで、周りには数十本の竹が植えられ、さわさわと葉擦れが響き渡っている。
格子状の引き戸を開け、中に入ると、一般的な1LDKにありそうな簡易キッチンと、冷蔵庫。
襖で仕切られた部屋が三つ、水洗トイレも完備されていた。
言わば、ちょっと豪勢な旅館のような造りだ。
「暫らくの間、お世話になります」
そう言うと、右京は良子に深々と頭を下げた。
俺達も続いて頭を下げる。
そんな俺達を見て、良子は「あらあら」と朗らかに笑い「自分の家だと思って気楽にして頂戴ね。私、貴方達が来てくれて、嬉しいのよ」と、微笑んだ。
俺達は、この依頼の片が付くまで、四郎の家に滞在する事になっている。
四郎は、真上探偵社のOBなのだそうだ。
俺達と同じ心霊班で、二年前まで本部勤務、更に【統括】をしていた。
そして、右京と左京の元上司でもあるのだと言う。
「四郎さんも良子さんも、気さくで良い方達ですね」
俺は、母屋に戻っていく良子の背中を眺めながら、誰にと言う訳でもなく言葉をもらした。
「でしょー、だから私、ここに来るの楽しみにしてたのよ。……まぁ、あんな依頼が無ければもっと楽しかったんでしょうけどねぇ」
左京は、運び込んだ荷物を解く手を止め、苦笑いを浮かべる。
一見、のんびりとした田舎での、不可解な事件。
既に、三人の変死体が見つかっている。
「……獣……か……」
俺は、室内に用意されていた座椅子に寄り掛かり、ぼんやりとしたような独り言を呟いた。
◆◆
分厚いカーテンが引かれた一室に彼女は、居た。
日の光を避けるように、部屋の隅で微かに震える膝を抱え俯く。
彼女の胸の内は、酷い後悔と、その後悔からもたらされる苦しみに支配されていた。
「……仕方なかったのよ」
か細く、弱々しい声が、薄暗い部屋溶け込む。
そうだ、仕方なかったんだ。
私にはそれしか、選択はなかったんだ。
私は悪くない。
悪いのは、あの子だ。
あの子なんだ。
私はこんな事は望んでいなかった。
だから、私は悪くない。
――だけど……恐い。
自分がしてしまった事。
その代償の大きさを私は知らなかった。
天地がひっくり返ろうが、亡くなった者は帰って来ない。
黒い感情が、自分の身体の中で渦巻く。
外に溢れないのが、不思議な程に。
強く強く祈る。
この状況を打破してくれる人が現れるように。
自分をこの暗闇から救い上げてくれる人が現れるように。
「……誰か……助けてよっ」
◆◆
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