◆死灰屠り(完/連)
最終話
◆◆
穏やかな日差しが、木々の葉からこぼれる昼下がり。
この真上探偵事務所の別館は、さほど、町と離れてはいないのだが、屋敷の周囲に植えてある木々の御蔭なのか、此処では、街の喧騒は一切聞こえない。
聞こえるのは、風に吹かれ、揺れる葉擦れの音と、小鳥達の囀りだけだ。
あの後、杉田氏の容態は、徐々に回復し、意識も取り戻したそうだ。
近い内に退院も出来そうだと、石原から聞いた。
改めて、わざわざお礼に来てくれた山西が言うには、吉川が、石原のマネージャーを辞めたらしい。
幼い頃から、秘めていた想いがあんな形で晒されてしまい、不可抗力とはいえ、自分が好きだった人を苦しめる原因を作っていたのは、他ならぬ自分自身だったのだ。
石原の傍には居辛かったのだろう。
「吉川さんには、少し同情しますよ」と、山西は眉を八の字にして言っていた。
「あの黒巫女が吉川さんの先祖霊だったなんて、びっくりでしたね」
後に判った事だが、吉川は、古くからある神社の跡取り息子でもあったのだ。
その神社を建てた由来が、荒ぶる、あの巫女の御霊を鎮める為のものなのだという。
「吉川さんは、元々、思念の力……思う力が強かったのね。そして、恐らく一番、力が強かった中学生の頃に、眠っていた筈の御霊が引きずられ……覚醒してしまった」
春日は、木の下に設置されている木製の長椅子に座ると、そのままゴロリと横になった。
俺は、そんな春日に目をやりながら、春日の向いにある椅子に腰掛ける。
「……疑問があるのですが」
「なに?」
春日は、目を閉じながら、少し眠たげに目をこする。
「杉田さんは、放って置けば確実に亡くなる程の呪詛だったのに、何故今まで、死人が出なかったんでしょうか?」
「……単純に考えれば、殺したい程、憎んだ事がなかったから。だ、ろうけど……どうも、吉川さんの想いと呪術の威力はイコールではないような気がするのよね」
「確かに妙よねー」
「あ、左京さん」
左京は、トレーに載せ、持ってきた紅茶を木製のテーブルに置いていく。
「いくつか要素は考えられるけど……あの黒巫女は覚醒してから、年々力を付けていたって事なのかしらね?死に追いやるまで力を付けた頃に、たまたま杉田さんが登場した……」
「もしくは、何かの要因がきっかけで、突然、巫女の力が増したか……だな」
左京の言葉に付け足すように、左京の背後にいた右京が口を開いた。
そして、小さめの紙袋を俺に手渡す。
「要、新しい携帯電話届いたぞ」
「あ、有難うございます」
以前の携帯電話は、あの化け物に粉々に砕かれてしまい、当然の如く、使い物にならなくなってしまったのだ。
その後、化け物は、右京に返り討ちに遭い逃走した。
「……あの化け物、何処にいったんでしょうね?」
右京は、椅子に座り、考えるように腕を組む。
「そうだな……、あの巫女が使役していた式神とかなら、使役から開放された訳だから、何処かに潜んでいるかもしれないな」
「あ、そう言えば、どうしてあの時、右京さん達あそこに居たんですか?」
あの時、本来なら、右京達は杉田氏の病院に居たはずなのだが……偶然にしては、どうも、出来すぎているような気がする。
右京と左京は、気まずそうにお互い顔を合わせた。
「……サエ眠ったみたいだな。何か掛ける物、取ってくる」
そう言うと、右京は、左京の肩を叩き、そそくさと屋敷に戻って行った。
「……右京の奴、逃げやがった……」
ボソリと、舌打ちをしながら左京が呟く。
「えっ!?あ、あの左京さん?」
今、男言葉に戻っていなかったか?
俺の声に、左京は渋々といった感じに俺に向き直ると、視線を泳がせながら口を開いた。
「ほら、あの時、サエちゃんと要君の二人っきりだったでしょ?」
「はぁ、まあ。そうですね」
「何かあったら、大変だなぁ〜と思って……」
左京は一切俺に視線を合わせず、しどろもどろに言葉を紡いでいく。
「ちょっと、この子を使って様子をね……」
そう言う、左京の背後から、白い靄がすうっと現れ、俺の目の前で消えた。
見覚えのある光に、頬が引きつる。
「……つまり、式神飛ばして、監視していたって事ですか?」
「い、いえ、あの、あははは」
左京は、うそ臭い笑顔で笑うと「あ、私、何かおやつ取ってくるわね!」と、走るように屋敷へと歩いて行った。
そんな、左京の背中を見送りながら、俺はため息を吐く。
つまりだ、俺は信用されてないって事になるのだろうか?
俺は、ガクリと肩を落とし、再度、深いため息を吐きながら横たわる春日に目をやる。
「……もっと、頑張らないとなぁ」
さわっと、緩やかな風が吹き、眠る春日の細くさらさらとした髪が揺れた。
俺は、春日の頬に掛かった髪を、そっと手を伸ばし避けてやる。
紅い獣。
あれは、蒼焔より、遥かに強い力を持っていた。
春日は何者なのだろうか?
それに、右京、左京が操っていたあの炎。
蒼焔と同じ炎の色をしていたが、あれは、蒼焔と何か関係があるのだろうか……
判らない事ばかりで、もどかしくも思うのだが、無理に聞いてはいけないような気がするのだ。
「……いつか、話してくれますか?」
規則正しい寝息を立てる春日を起さないように、小さな声で呟く。
「俺は、サエの役に……立てますか?」
逃げる事しか出来なかった自分。
――強くなりたい。
せめて、どんなピンチだろうと、春日と共に戦えるぐらいに――
終
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2006、6,28 コマチャ
2007、1、26修正。
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