◆死灰屠り(完/連)
第二十二話
◇◇
携帯電話の破片が、大小様々な形で、アスファルトに散らばり落ちる。
結局俺は、何の抵抗も出来ないまま、その光景を見送るしかなかった。
だが、ここで、ぼんやりとこの怪物を観察していても仕方がない。
急いで電話を掛けられる所を探さなければならない。
しかし、その前に、こいつをどうにか、するべきだろうか?
いや、今は少しでも時間が惜しい。
今、この瞬間すら、春日が危ないかもしれないんだ。
俺は、札に気を入れながら、アスファルトを蹴る。
案の定、化け物は逃走を図ろうとしている俺に気付き、素早い動きで追いかけてきた。
数メートルも走らないうちに、化け物は俺に並ぶと、骨ばった手を伸ばしてくる。
俺は、その腕を避け流し、札を化け物の身体に貼り付けた。
ドンと低く鈍い音と共に化け物は後ろに吹っ飛ぶ。
俺は、心の中で拳を握り、そのまま急いで、走りだした。
が、直ぐにキィキィとまるで怒りを表すかのような声が、俺の真横に並んだ。
「なっ、効いてないのか!?」
化け物は、吊り上った目を更に吊り上げ、口からは涎を垂らしながら俺を睨むと、今度は自身の身体ごと俺に突進してくる。
側面から体当たりされた俺は、傍にあったブロック塀に勢いよく激突した。
全身に鈍い痛みが走る。
化け物は、嬉しそうにキーキー鳴きながら、俺に近付くと、まるで、今からお前に噛み付いてやると云うかの如く、口をゆっくり開き鋭利な歯をみせた。
その時、ドッ、ドッ、ドッと、化け物の身体にナイフのような物が突き刺さり、化け物はその衝撃のままアスファルトに転がるように倒れこんだ。
俺は、すぐさまナイフが飛んできた方向を見る。
「右京さん!それに左京さんも!!」
そこには、こちらに向かって走ってくる右京と左京の姿があった。
ホッとしたのも束の間、ギィっと、化け物が呻きながら、よろよろと立ち上がりだす。
「まだ、動くのか!?」
俺は、直ぐに視線を化け物に移し身構えた。
だが、化け物は、ふらふらしながら立つと、此方には一切、目もくれず、ヒラリと、立ち並ぶ塀の上にのぼり走りだした。
その姿は、あっという間に視界から消えていく。
「逃げたようだな。……要、無事か?」
そういいながら俺の傍まで近付いた右京が、眉間に皺をよせた。
「……怪我をしたのか」
右京は、血に染まった俺の腕を見て、呟くように言うと「左京」と、背後にいる左京に視線だけを動かし呼ぶ。
すると、直ぐに左京が俺に近付いてきた。
「要君、大丈夫?傷口見せて」
傷を診ようと、俺の腕に手を伸ばそうとした左京の腕を俺は、ガシリと掴み制止する。
「俺の傷より、サエが!!早くサエの所に!!」
◆◆
赤い炎は、春日から離れると、何かを形作るように動きだした。
それは、ゴウゴウとうねり響く、紅い焔を纏った犬の形状へと変化する。
犬は、春日と同じぐらいの大きさまで膨らむと、漆黒の目を開いた。
『……まさか、……何故だ?何故こ奴が共に?』
恰幅のよい巫女が、目を見開き赤い犬を凝視する。
「……紅焔(こうえん)、おゆき」
春日が、紅焔にそう告げると、纏う炎が一層燃え上がり、巫女達に襲い掛かった。
紅焔の赤い炎で出来た爪が、巫女達に振り下ろされる。
その瞬間、ふくよかな体型の巫女を庇うように細身の巫女が前に出た。
細身の巫女は、紅焔の爪を一身に受ける。
そして、その身が一瞬にして、炎に包まれた。
『ううっ』
恰幅のよい巫女が、逃げようと身を翻す。
だが、紅焔が、その巫女の背中に爪を立てた。
『ぎぃゃぁぁぁ!!』
耳をつんざくような声が、辺りに響きわたる。
更に、紅焔は、巫女に爪を立てまま、その腕に噛み付き引きちぎった。
ブチブチと奇怪な音が耳に入って来る。
その瞬間、苦痛に染まった叫び声が再度、響く。
紅焔は、楽しむかのように両の腕を引きちぎると、次に両足を噛み千切る。
首を、胴体をと巫女の姿を無残なモノへと変貌させていった。
◆◆
その光景は、まるで犬が玩具と戯れているような光景のようだった。
だが、巨大な赤い犬の周りに落ちているモノは、明らかに玩具ではない。
巫女の無残な成れの果てに、俺は思わず眉をしかめた。
「なんで、こんな……」
俺は、目の前の出来事に呆然とする。
「紅焔……開放……したのか」
俺の隣に居た右京が、呟く。
その声は、何処か辛そうなに聞こえた。
「大丈夫よ、右京。まだ抑えられる」
「――あぁ。要は絶対にここから動くな。いいな」
右京と、左京は、それぞれ俺の肩にポンと手を置くと、紅焔の元に駆け寄る。
二人の姿に気付いたのか、紅焔が身を低くし身構えた。
◇◇
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