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◆死灰屠り(完/連)
第十八話
◆◆




俺と春日は、急いで窓際に寄り、真っ暗な吉川の自宅に意識を集中させる。

そして、数分も経たない内に、其れは現れた。

以前に杉田氏の病室で見た、ふくよかな体型の女と、細身の女が、それぞれ白の着物に朱色の袴を身に着け、ゆったりと吉川の部屋から出てきたのだ。

「本当に、吉川さんが……」

俺は、この光景を目の当たりにし、愕然とした。

悪意など微塵も感じない温厚な笑い方をする人が、人を殺そうとしているという事実は、俺には酷く衝撃的だったのだ。

「あの二人……間違いないわね。」

春日は、射るような視線を巫女姿の女達に向ける。

女達は、宙に道があるように、杉田氏が入院している病院の方向へ、ゆっくりと足を進めだした。

それと同時に、一匹の奇怪な形をしたモノが、ひょっこりと姿を現した。

それは、五、六歳ぐらいの子供の大きさで、頭が異様に小さく、髪の毛が一切ない。

つり上がった両の目は顔の半分を占めており、人間ならば、あるはずの場所には耳が無く、鼻らしき穴と口角が裂けたような口。

身体は酷く痩せこけ、骨張っているが、下腹は奇妙な程、膨らんでいる。

その容貌は、明らかに人ではなく、地獄絵図などに描かれている化け物に似ていた。

筋と骨だけの片手には、一般の大人の顔を少し大きくしたぐらいの太鼓を持ち、もう反対側の手には、木で出来た棒が握られている。

恐らく、この太鼓の撥(ばち)なのだろう。

「あれは……一体なんなんだ?」

あの巫女達の仲間なのだろうか。

そうこうしている内に、その奇怪な化け物は、勢いよく太鼓を叩き始めた。

ドォォーンと鳴り響く音に俺達は思わず顔を見合わせる。

「要、聞き覚えがある音よね?」

俺は、春日の言葉に頷きながら、視線を戻す。

「えぇ、あいつが叩いていたのですね」

杉田氏が、聞いたという太鼓の音色。

俺達が病室で聞いた太鼓の音。

犯人はあの奇妙な化け物だったのだ。

化け物が太鼓を叩く度に、町の至る所から黒い靄の様なモノが、巫女達を覆うように集まってくる。

「あれって、やっぱり、瘴気を集めている……のですよね?」

俺の脳裏に、杉田氏の病室で、瘴気に当てられ、倒れた苦い記憶が蘇る。

「みたいね。しかも町中から集めている」

春日は苦々しく答えると、携帯電話を取り出しボタンを押しながら「行くわよ」と俺に声を掛け、ドアのない出口に向かって、さっさっと歩き出す。

俺は慌てて、荷物をまとめ、春日の後を追った。


◆◆


車に乗り込み、深夜の道路を病院の方向へ走らせる。

深夜ともあって、人や車の姿は、殆んど見当たらない。

そんな中、頭上では、すっかり瘴気に包まれた巫女達がゆったりと進んでいた。

時折、犬の鳴き声や、鳥の声が、瘴気の塊と化した巫女達に警戒をするがの如く聞こえてくる。

「要、気分は悪くない?」

携帯電話を切った春日が、心配そうに聞いてきた。

前回、俺が、酷い瘴気の影響で、倒れた事を心配して聞いてきたのだろう。

「今は、まだ大丈夫ですよ。奴らとは離れていますし、左京さんに護符も貰っていますしね」

あの日以来、左京が‘肌身離さず持つのよ!’と、持たせてくれた、護符の入ったお守りを春日に見せる。

春日は、どこか安心したように「そう」と答えると、微かに微笑んだ。

その瞬間、バッと春日が視線を上げる。

俺も、つられて、春日の視線を辿った。

その先では、巫女達を纏っていた瘴気が、異様な速さで大きく膨らんでいくように見えた。

「なっ、凄いスピードで瘴気が!?」

「違う。それもあるけど、彼女達、こっちに向かってきている」

「えっ!何故ですかっ!?」

「気付かれたから……かな?」

春日は、軽く首を捻り呟く。

「ちょっと待って下さい!呪詛っていうのは、狙ったターゲットに向かって行うものだから、急に違う相手を襲ったりなんて、普通ありえませんよ?!」

「うん、普通ならね」

春日が、緊張を含んだ声色でそう言うと、青白い焔が春日を包んだ。






◇◇

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