◆死灰屠り(完/連) 第十七話 ◆◆ 赤や、青、グリーンにイエローといった、色とりどりのネオンの光が、廃墟となったビルの窓から室内に振り注いでいる。 そのお陰で、日がとっぷりと消えてしまっているこの時分、電灯がなくても、事務机に座っている春日と俺自身の姿を視認する事ができ、机に広げられている左京特製お弁当の中身もキチンと確認出来た。 暗闇での作業になるかもしれないと思っていたので、このネオン達には感謝したい…… とは、素直には言えないかもしれない。 「思ったより明るくて良かったわね」 春日は、ハート型にカットされた人参をフォークでグサリと刺し取りながら、俺に話しかけてきた。 俺は、左京のお手製のから揚げを頬張ったまま、一瞬固まってしまったが「……そうですね」と、相槌をうつ。 確かに、明るいのは有り難いのだが…… 俺は、グルリとネオン達に視線を巡らす。 大手企業なんかの看板はまだいい。 問題は“ウサギ倶楽部”や“ピンクキャット”といった、所謂、ネオン街と呼ばれる所のピンクネオンが良く見える事だ。 妙に、いたたまれない気分になるのは、先程の左京の去り際の台詞が耳に張り付いて取れないからなのだろう。 意識しなければ良いという事は判っているのだが…… 『サエちゃんに如何わしい事しちゃ駄目よ?』 あの時の、左京の目が笑っていない笑顔が、脳裏を横切り、ブルリと身を震わせる。 「要、寒いの?」 春日は、心配そうに俺の顔を覗きこむ。 二重の大きな目が、じっと俺を見つめ、おもむろに俺の手に触れてきた。 「……少し冷たい。まだ、夜は冷えるし、身体、温めなきゃ」 そう言って、俺を見上げてくる春日の眼差しに心臓が激しく反応する。 「あ、あ、あた、温ためるって……」 十八禁の妄想が、瞬時に頭をよぎり、思わず吃ってしまう。 春日は、あたふたとする俺を怪訝そうに見ながら、お茶の入った魔法瓶を手に取り、カップにお茶を注ぐと「はい」と俺に手渡してくれた。 「まだ熱々だから、身体も温まるよ?」 「…………あ、はい。ありがとうございます」 早とちりだった事にホッとすると同時に、いい年こいた社会人が、女子高生に何をしようとしていたんだと、自己嫌悪に陥いる。 俺が、自責の念に駆られていると春日の呼ぶ声が聞こえた。 「帰ってきたわよ」 春日の指す方向を見ると、吉川の部屋に明かりが付き、時折、吉川自身だろうか、人影が室内を行ったり来たりしている。 腕時計を見ると、針は十一時を少し回った所を指し示していた。 ◇◇ 「部屋を出る気配はありませんね。やはり、呪詛の儀式は自室で行っているんでしょうか……」 深夜二時を回っているが、依然、吉川の影は何かに寄りかかりながら床に座り込んでいた。 時折、缶ビールぐらいの大きさの陰が、吉川の口元に運ばれていく。 もし、吉川が場所を移動するようであれば、もちろん俺達も後を追いかけなければいけない。 その為に、いつでも車を出せるように準備はしてはあるのだが、吉川さんの影には、それらしい素振りは、一切見当たらないでいた。 「前回は、これぐらいの時間だったわよね?」 春日は軽く腕を組み、吉川の部屋眺めながら、俺に問い掛けてきた。 俺は記憶を掘り起こしながら、答える。 「確か……そうです。二時を少し回っていました」 あの巫女達が現れる少し前に、自分の腕時計を確認した時、丁度、今ぐらいの時間だったはずだ。 術者が、呪詛を行う時は、同じ時間帯に統一して行うのが一般的だ。 だが、当の吉川には、相変わらず、それらしい動きは全くない。 本当に吉川が犯人なのだろうか? 俺は、湧き上がる疑念を抱きながら、吉川の部屋を見つめる。 暫らくすると、吉川の部屋が、一瞬暗闇に包まれた。 そして、直ぐに明かりが点くが、またプツリと光が消える。 何度か点滅を繰り返した後、部屋は漆黒に塗り潰されてしまった。 ◇◇ [前へ][次へ] [戻る] |