◆死灰屠り(完/連) 第十三話 ◇◇ 玄関口には、既に右京と左京が立ち、誰かに向かって、頭を下げている姿が目に入った。 もしかすると、春日ではなくて、客人だったのだろうか? 腕時計を確認すると、既に二十二時を回っている。 こんな遅くに、客人が来るというのも珍しい。 俺は、首を捻りつつも、右京達に近付き、二人が視線を向けている方向に目をやった。 そこには、着物を着た少年が立ち、その腕には、眠る春日を抱きかかえている。 春日と同い年ぐらいに見えるが、何処か普通の少年とは違う。 纏っている雰囲気が、異質だ。 「遅くなってしまって、すまないね。予定より時間が掛かってしまってねぇ」 「いえ、御前、自らの、お手を煩わせまして、申し訳ありません。彩季を預かります」 右京は、壊れ物を扱う様に、春日を少年から受け取った。 「先刻までは、起きていたのだが、どうやら疲れさせてしまったみたいでねぇ。……よく眠っている」 御前と呼ばれた少年は、慈しみを感じさせる眼差しで、春日の寝顔を眺め、艶やかな髪をサラリと撫でる。 春日は起きる気配もなく、安心しきったように、規則正しい寝息をたてていた。 「……おや?小泉君、久しぶりだねぇ」 「……は?……えーっと……」 突然掛けられた言葉に俺は、目をパチクリさせる。 俺には高校生の友人なんて、確かいなかったはずだが。 過去に受け持った依頼人だろうか? 少年の思いもよらない言葉に、俺の脳内はフル回転しているが、中々、思い出せない。 「おやおや、もしかして、私の事を覚えていないのかい?小泉君は薄情な男だねぇ」 少年は、悲しげに俯いてしまった。 「えっ、いや、あのっ……」 全くもって、少年と出会った記憶が思い出せず、嫌な汗が、一斉に毛穴から噴出してくる。 「……御前、お戯れはそれぐらいになさって下さい」 右京が、溜息混じりに言う。 少年は肩を震わし、くっくっと笑いながら「すまないねぇ」と俺に謝罪の言葉を掛けた。 今一、状況が掴めず、戸惑っていると、左京が苦笑いを浮かべ、「この人、人をからかうのが好きなのよ」と、そっと耳打ちされた。 そこで、俺は漸く、この少年にからかわれたのだと気付き、呆然と少年を見る。 そんな俺に、少年は、悪戯が成功して嬉しかったのか、満面の笑みで話しかけてきた。 「小泉君は、素直だねぇ。そうだねぇ……機会があれば、一度私の元へ遊びにくるといい」 「……はあ」 未だ呆けた様子の俺が面白かったのか、少年は再度、くっくっと笑うと、ゆっくりと背を向ける。 右京達が、静かに頭を下げる姿を見て、俺も急いで頭を下げた。 少年は、背をむけたまま、軽く手を振り出口へと足を進める。 その後ろ姿を見送っていると、雲に阻まれていた月の光が、サァッと辺りを照らし始めた。 俺は、その時に初めて、少年の髪色に気付く。 一瞬、白髪にも見えたが、月光に照らし出された、少年の髪は、紛れもなく銀髪だった。 その光景は、どこか浮世絵離れしていて……幻を見ているような感覚に襲われる。 俺は、中々覚めない夢でも見ているかの様に、ぼんやりと緩やかな光を放つ月をいつまでも見上げていた。 ◆◆◆ 流行の曲が流れる撮影スタジオで、俺は、壁にもたれながら、隣の春日をチラチラと盗み見る。 春日は、少しうんざりした表情を浮かべ、俺を軽く睨んだ。 「何か用?」 「いえ、なんでもありません」 実はこのやり取りは、既に五回目だったりする。 昨夜の少年は何者なのか? なぜ、春日は少年と共に居たのか…… 結局、右京達は「知らないほうがいい」と、何も教えてはくれなかった。 春日に聞けば、何か話してくれるかもと、先程から様子を伺っているのだが……やはり聞くのが怖い。 俺が、悶々と思考を巡らしていると、一人の男性がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。 その男性は、俺達に深々と頭を下げると、名刺を差し出す。 「どうも、初めまして。石原美弥乃のマネージメントをしております、吉川 浩二(よしかわ こうじ)と申します」 そう言うと吉川は、満面に人懐っこい笑顔を浮かべた。 ◇◇◇ [前へ][次へ] [戻る] |