◆死灰屠り(完/連) 第十二話 ◆◆ 「ご苦労だったねぇ」 衝立から、和装の男が、ゆったりと姿を覗かせた。 障子から注がれる日の光を浴び、男の銀色の髪が一層に輝く。 「……いえ。仕事ですから」 春日は、さほど気にもとめず、男に背を向けたまま、真っ白い着物を脱いでいく。 男は、そんな春日の露わになった白い背中を見て、眩しそうに目を細めた。 「随分と綺麗になったねぇ。もう、高校生だったかねぇ?」 男は、そう言うと、衝立にもたれるように胡坐をかいて座った。 「現在、高校二年生です」 春日はシュルリと衣擦れの音を鳴らし、カッターシャツに袖を通す。 「そうか……もうそんなになるのか。……月日は流れているんだねぇ」 男は、寂しげな笑みを浮かべる。 その目は、目前の春日をすり抜け、どこか遠くを見ているようだった。 「……御前」 制服を着込んだ春日は、男と対峙するように、男の向かいに腰を下ろし、軽く組まれた手にそっと合わせる。 男は緩やかに春日に微笑かけた。 「二人の時は、名前で呼んでおくれと、言っただろう?」 「詩月(しづき)様」 詩月は、くっくっと、声にならない声で笑い、春日の髪を優しく掬う。 「いつも、‘様’は要らぬと申しておるのに……相変わらずだねぇ」 そう言いながら笑う顔は、春日と同い年ぐらいの少年のものだ。 だが、詩月の外見と実年齢は全くと言ってよい程、伴っていない。 詩月は、春日がもの心つく以前から髪の色以外、どこも変わらないでいる。 詩月の外見の時間はある時から、止まったままなのだ。 いずれ、自分も歳と見た目がそぐわない日がやってくる。 詩月は、春日にとって、未来の自分でもあるのだ。 「御前」 衝立越しに、女性の声が聞こえてきた。 「なんだい?」 詩月は目線だけを声のする方へ向ける。 「鍵守(かぎもり)様がお礼を申し上げたいと、お待ちになっておられます」 「あぁ、そうだね……さて、では行くとしようか?」 日に焼けていない白い手が、春日の目の前に出される。 春日は、小さな溜息を吐くと、その手を取り、優しい日差しが充満する部屋を後にした。 ◆◆◇◇ 窓の外は、すっかり暗闇に飲み込まれ、雲波の狭間で月がやんわり輝いていた。 山西と石原には、明日、改めて話を聞くと共に調査を開始する事になっている。 二人とも、少し気が高ぶっていたので、「時間を置いたほうがいいだろう」と、右京の判断だ。 淹れたての紅茶の香りが、身体に染み渡るような感覚に、連日の疲労が少し取れたような気がした。 「要、随分、疲れているようだな」 俺の向かいで、ソファーに腰を下ろし、書類の束に目を走らせていた右京が、声を掛けてきた。 「あら、何か甘い物でも、取ってこようか?」 俺の隣で、紅茶を飲んでいた左京も気遣うように問いかけてくる。 疲れているのは、お互い様なのに、左京も右京も当たり前の様に俺を気遣ってくれる。 ここの人達は、本当に、いい人ばかりだ。 一人ここに移動になった時は、随分と心細かったが、今となっては、ラッキーだったのではないかと思える。 「そうですね、左京さんも食べますよね?俺、取ってきますよ」 「あら、そう〜?悪いわねぇ〜」 俺は、リビングからキッチンの方へ足を運ぶ。 ここ真上探偵事務所・別館は、俺達、心霊班の居住区兼事務所。 居住区と言えど、実際ここに住んでいるのは、俺達四人、つまり本部の人間だけだ。 他の心霊班は、それぞれ地方にある支部の方にいる。 元々、俺自身も、支部に居たのだが、突然、本部の方へ回されたのだ。 なぜ、回されたのかは、その理由は判らないのだが……。 キッチンに入り、常に数種類のおやつが常備されている籠を手に、廊下へ出ると、ジャリジャリと石を踏む音が、俺の耳に届いた。 別館の玄関入り口から、道路に面する門扉まで、ジャリ石が敷き詰められている。 要するに、誰かがこの土地に入ってきたという事だが…… 恐らく、春日帰ってきたのだろう。 今日は、春日は本部に呼び出されたとかで、俺達とは別行動だったのだ。 心霊班の責任者である右京が、本部に呼び出される事は、理解できる。 ……だが、春日だけが本部に呼び出される理由が判らない。 確信はないが、恐らく、春日は一介の捜査員ではないのだろう。 春日は一体何者なのか? それを聞くには、まだ勇気が持てない。 ここに来て、それ程月日が経っていないのもあるが、それ以前に、怖いのだ。 聞いてしまうと、何かが壊れてしまうようで……。 俺は、もやもやとした気持ちを振り払うように軽く頭を振ると、春日を出迎えるため、玄関口に向かった。 ◇◇ [前へ][次へ] [戻る] |