◆死灰屠り(完/連) 第九話 ◆◆ 暗闇の中で、更に黒くうごめく瘴気の中から二人の女が姿を現した。 女は共に白い着物に朱色の袴姿で、一般的な神社などで見かける巫女姿だ。 一人は細身で、もう一人は、ふくよかな体型をしている。 女達は、宙を滑るように、杉田氏の身代わりの人形(ひとがた)が置いてあるベッドに近づいた。 そして、ふくよかな体型をした女が、しわがれた声で歌うように呪を唱え始める。 『オン、キリクヒッチリピキリ、タダノウウン、サバセットロンノウシヤヤ、サタンバヤサタンバヤ、ソバタソバタソバタ……』* 女の呪に、呼応するかのように瘴気がざわめき、人型が置かれたベッドに集まりだした。 瘴気が混じりあい、黒い塊となす。 その塊は、立っている俺の足を振るえさす程、おぞましいものだった。 全身の血の気が引き、臓腑を氷の手でわし掴みにされるような感覚。 しっかりと意識を保っていないと、今にも膝が崩れ落ちそうになる。 だが、なんともいい難い、不快感。 神経をかき乱されるような、嫌悪感に意識までもが遠退きそうになる。 なんとしてでも、耐えなくてはならないと、心の中で強く思った瞬間、グラリと視界が歪んだ。 「要っ!!」 春日の叫ぶような声が聞こえたかと思ったら、次いで、ふわりと柔らかな感触のモノが覆いかぶさってきた。 「蒼焔!!」 狭い視界の中、青白い焔が激しく燃え上がる。 『キャァァァァァァ!!!!』 女性の、空気を裂くような甲高い声が、聴覚を劈く。 そして、俺を覆っていた柔らかいモノが無くなり、サラサラしたものが、額辺りを撫で、小さな風を創った。 徐々に開けてきた視界には、青みがかった刀身を持つ春日が、ふくよかな体型の巫女に切りかかるところだった。 だが、細身の巫女が、ふくよかな巫女を身を挺して守るように、春日の前に立ちはだかる。 春日はそのまま、立ちはだかる細身の巫女の左わき腹から、右肩の方向へ刀を振りぬいた。 “ザクッ”という音と共に、二人の巫女は瘴気の中に掻き消えていく。 そして、消えていた電灯が、何もなかったかの様に光を発し始めた。 「……逃げたみたいだな。要、大丈夫か?」 そう言うと、右京は少し屈む様にして、俺に手を差し伸べる。 その時に初めて、俺は自分が座り込んでいる事に気がついた。 「……あ、……すいませんでした」 俺は、あの瘴気に耐え切れなかったのだ。 「あやまる必要はない。要は感受性が高いんだ。仕方がないさ。いや、せめて要だけでも結界を強固なものにしておくべきだった。俺の責任だ」 「そんな事ありません!!俺が、力不足だったんです……すいません」 俺が迂闊に動いてしまったばかりに、あの巫女達に俺達の存在を気づかれてしまった。 俺のせいで、皆を危険な目に合わせてしまったんだ。 冷たい床に座り込んだまま、俯く俺の頭にソッと何かが触れた。 視線を上げると、春日の端正な顔立ちが目に映る。 「……失敗しても、私達が必ずフォローする。……私達は仲間でしょう?」 「――サエ」 「あっ!!」 突然、左京が声を上げた。 「左京、どうした?」 「ごめん、式が返されたわ。途中までは追跡できたのだけど………」 左京は「チッ」と、舌打ちすると、細かい飾り模様が施された小刀をとりだし、身構える。 その動きに合わせ、右京は手の平サイズのペーパーナイフの様な物を上着の内ポケットから四本取り出し、素早く投げた。 其れは、室内の側面、四面の壁に一本ずつ突き刺さる。 その瞬間、突進するかのように、白い物体が部屋に飛び込んできた。 その物体はバレーボール程の大きさで、スーパーボールを強く壁に叩き付けたかのような動きで、病室内を縦横無尽に動き回る。 ‘ギィン’と鈍い金属音が鳴り、左京が、後方の壁に吹き飛んだ。 「くぅっ!!」 ダンッ!!と部屋に響くような音が鳴り、続いて激しく咳き込む左京の声。 「左京!」 春日が駆け寄り、刀に変えた蒼焔を構え、その白い物体を静かに睨み付ける。 物体が一瞬、春日の視線を恐れるように動きを止めた。 その隙に、俺は、懐から札を素早く取り出し、気を込め、物体目掛けて飛ばす。 札が張り付いた物体は、苦しむように悶え、床を転げ回った。 いつの間にか立ち上がっていた左京が、呪を唱えながら、その物体に近付き、自身の手のひらを軽く小刀で傷を付け、血が滲み出た手を白い物体にかざす。 物体は、イタチのような姿を現すと、空気に溶けるように消えていき、床には俺が放った札がポツリと残された。 ◆◆ ※文章内に書かれている呪文は、実際は呪詛返し用です。 [前へ][次へ] [戻る] |