◆死灰屠り(完/連) 第八話 ◆◆ 消灯の時間をとっくに過ぎ、静寂が支配する病棟。 それでも、確実に多くの人の気配が残っている。 それは、生きている人の気配のみならず死人の気配もまた同じ。 病院という所は、生死を司る象徴とも言える場所だ。 初任給で購入した、ちょっと良い腕時計に目をやると、深夜二時を回ったところだった。 山西さんには、先に帰宅してもらい、石原美弥乃とコンタクトをとれる様に手配をしてもらえるように頼んでおいた。 今回の事件に彼女が関わっているかは、定かではないが、念の為だ。 天井に両腕を力いっぱい突き上げ、身体全体の筋を伸ばす。 痛気持ちいい感覚が全身をめぐり、血液の循環が良くなった気がした。 だが、腰の鈍い痛みはこんなものでは取れないらしい。 長時間、椅子に座りっぱなしだったので仕方がないのだが…… ベッドで横になりたいという気持ちを込め、ため息を一つ吐く。 「要、疲れたか?」 右京は、読んでいた書類から顔を上げ、小さめの声で話しかけてきた。 「いえ、大丈夫ですよ」 俺も声を落とし、返事をする。 右京に、もたれながら眠る春日への気遣いだ。 「要も、少し眠ったら?何なら私にもたれてもいいわよ?」 左京は両腕を広げ、おいでおいでと手を招く。 「い、いえ、お気持ちだけで……」 何が悲しくて、男が男にもたれかかって眠らなきゃならないんだ。 どうせなら、春日に……… チラリと春日に視線を向ける。 右京に寄り添うように眠る春日の表情は、俺の傍で眠る時よりも、どこか安心している様に見えた。 それは、共に過ごしてきた時間の長さを物語っているようにも思える。 ――それにしても……可愛いというか、綺麗というか…… どちらの表現が正しいのかは判らないが、大人と子供の狭間という限られた時期の彼女は、大人になってしまった俺には眩し過ぎて“絶対に汚してはならない、守らなくてはいけない”という気持ちを大きくさせる。 スッと、春日の瞼が開いた。 「うわっ、お、おはようございます!!」 まじまじと寝顔を見ていた事に気づかれたのかと、思わず焦ってしまい声が上擦ってしまったが、どうやら違うらしい。 春日は俺の言葉に返答することなく、桜色の唇をゆっくりと動かした。 「……来る」 「えっ?来るって……」 何が?と言う前に、突然、室内の電灯がチカチカと点滅を始めた。 室温が下がり、冷たい空気が俺たちを包み込んでいく。 ゆらりと青白い光が目の端に映り、視線を向けると蒼い焔を纏ったような、大きな犬に酷似したモノが、春日の足元に姿を現した。 それは“蒼焔”(そうえん)と呼ばれる春日を守るモノ。 術者が契約をなし、自分の手足として使う“式”や“使い魔”とは少し違うようだが、よく似たものだと本人から聞いたことがある。 ドォォーンと、遠くから何かを叩いたような音が聞こえてきた。 「……太鼓か?」 「恐らく。杉田氏も太鼓の音聞いていたみたいだし……ようやくのお出ましってところね。……右京」 「あぁ」 右京の手が素早く印を結ぶと、金属同士をぶつけたような、かん高い音が鳴り、薄い膜のようなモノが俺達を覆う。 「これで、相手には気付かれないだろう。だが、下手に動くな。結界が緩むからな」 俺たちは右京に三様に返事をし、辺りに集中した。 今回は、杉田氏に呪詛を掛けた相手を見つけ出すのが目的だ。 呪詛の本体が仕事を終え、術者の元へ返る所を左京の式で追跡する事になっている。 太鼓の音は徐々に大きくなり、近づいてくるのが判る。 ドォォォーンと響く度に、室内に渦巻く瘴気が濃くなり、吐く息が白くなりそうな程、気温が下がっていく。 そして、点滅を繰り返していた電灯がプツリと光を消し、暗闇が訪れた。 ◆◆ [前へ][次へ] [戻る] |