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◆死灰屠り(完/連)
第二話
◆◇◆


別室に着いた俺は早速、浄霊を開始する事にした。

依頼者には、俺から背を向ける形で椅子に座ってもらう。

春日は依頼者の夫とその愛人の伊藤と先程の部屋に残っている。

“もしも”の事態に備えるためだ。

俺は依頼者に憑いている生き霊を払うため、手のひらを依頼者の肩に置き、その手に意識を集中させ呪を読み始める。

「うっ、くうっ……」

依頼者が苦渋に満ちた声を上げ始めた。

傍から見れば、依頼者が苦しんでいる様にも見えるが、実際は、依頼者に憑いた生霊が苦しんでいるのだ。

俺は、更に気を入れ呪を唱える。

数秒も経たない内に、カクンと、糸が切れた操り人形のように依頼者の力が抜けた。

そして、依頼者の身体からギラギラした目付きでこちらを睨んでいる女の姿が現れる。

その姿は紛れも無く、先程依頼者と言い争いをしていた依頼者の夫の愛人、伊藤 麻由の姿だ。

俺は呪を読み続ける口はそのままに、懐から札を取り出し、生霊に放つ。

札は生霊の胸元に吸い付くように張り付くと、朱色の炎を発した。

『きゃぁぁっ!!』

生霊は苦しそうな叫び声を上げると、あっと言う間に全身を炎に包まれ消えていった。

俺は無事に浄霊、出来た事に安堵し、依頼者の方へ向き直る。

依頼者である和美は、目の前の光景に驚いた表情で固まっていた。

当然と言えば当然だろう。

普通、こんな光景は有り得ない事だ。

俺は苦笑いを浮かべながら、依頼者の顔を覗きこんだ。

「これで浄霊は終わりました。生き霊は無事に取り除きましたよ」

「え、ええ」

依頼者は呆けたような表情のまま、コクコクと頷く。

「……っと……とうさ……待って下さい!」

なにやら廊下側から、激しい足音と声が聞こえてくる。

静止の声を上げているのは、紛れもなく春日の声だ。

バンと乱暴に扉が開いたかと思うと、伊藤が勢いよく部屋に入ってきた。

伊藤は、真っ直ぐに俺を睨むと、いきなりネクタイを掴み引っ張る。

「ちょっとアンタ、何やったのよ!!」

伊藤は目を吊り上げ、怒鳴り声を上げた。

「な、何って……」

「アンタがなんかしたから、頭痛がするんでしょ!?すごく痛いんだから!!てか、なんとかしなさいよっ!!」

伊藤は、俺のネクタイをブンブンと掴み揺らし、ヒステリックな声で騒ぎ立てる。

止めようにも、あまりにも激しく揺らされ、俺は伊藤の成すがままだ。

「伊藤さん、落ち着いて下さい」

見かねた春日が、俺と伊藤の間に割る様に入ってきた。

「貴女が大野さんに放った生き霊を浄化しました。その事により、放った本人、つまり伊藤さんに多少影響出る事は、仕方のない事なんです。早ければ数日で治りますから、我慢して下さい」

「……はぁ?生き霊!?何、訳判んない事言ってるのよ!数日ってなによっ!!私には関係ない事でしょ!!さっさっと、この頭痛何とかして!!」

それまで静観していた依頼者が、突然笑い出した。

そんな依頼者を井藤は鋭い眼つきで睨み見据える。

「……ババァ、何、笑ってるのよ」

依頼者はフンと鼻で笑い、嘲るように伊藤を見下した。

「イイザマねぇ。散々、私を苦しめたんですもの、それぐらいの罰が当たってもいいんじゃなぁい?いっその事、永遠でもいいぐらいだわ」

「……この……クソババア!!」

伊藤はテーブルの上に置いてあった、細工の施された分厚い硝子で出来た灰皿を手に持つと、勢いよく依頼者に投げつける。

「っ、キャァ!!」

俺は考えるより先に依頼者の前に出て灰皿を受け止めた。

………つもりだった。

俺の予測とは裏腹に灰皿は俺の鳩尾にクリーンヒットし、余りの衝撃に後ろに倒れ込む。

息が詰まり、激しい痛みが身体を蝕んだ。

「要!!」

春日の声が聞こえてくるが、痛みの為、返事もでない。

“酷く無様だ”という思考を最後に、俺の意識は途絶えた。


◇◆◇


「……それは……災難だったわねぇ」

左京は笑いを堪えているのだろう、二枚目の顔を奇妙に歪め俺をみる。

「結局あの後、要は使いモノにならなくて……後処理、大変だったのよ?」

春日は紅茶を啜りながら、上目使いにチラリと俺を見てくる。

思わず“可愛いじゃないか”と心の中で呟きながらも「スイマセン」と、心なし小さな声で謝罪した。

そんな俺に春日はクスリと微笑む。
「冗談よ、たいした怪我じゃなくて良かったわね」

「えぇ、そう……ですね」

確かに、あの分厚くて重い灰皿が頭にでも当たっていたら死んでいたかもしれない。

俺自身に全く関係ない痴話喧嘩に巻き込まれて死亡。

――絶対に死んでも、死に切れない。

生きていて良かったと、本当に心から改めて思った。


「あら、右京帰って来たみたいね」

左京の言葉通り、窓の外にカッチリとグレーのスーツを着込んだ、右京の姿が見えた。

若宮 右京(わかみや うきょう)

彼は、俺が所属している真上探偵社の心霊班の統括……つまりは心霊班の責任者みたいなモノだ。

真上探偵社は探偵社の中でも一、二を争う大手企業で、取り扱う内容は身辺調査から、ストーカー、盗聴、人捜し(ペット含む)、心霊現象までと幅広い。

数ある探偵社の中で心霊現象を取り扱っている探偵社は、そうそうはないだろう。

右京は分厚いファイルを三冊ほど小脇に抱え、ダイニングに入って来た。

『お帰り(なさい)』

俺達の出迎えの声に、右京は軽く微笑む。

「ああ、ただいま。左京、客人だ、応接室に茶を頼む」

「依頼?」

春日はカップをテーブルに置き、右京の方へ身体を向ける。

右京は、春日の頭に優しく手を置きながら頷いた。

「ああ。疲れているだろうが、サエも応接室に来てくれるか?要も頼む」

「判りました」

俺はコーヒーカップをテーブルに置き、椅子から立ち上がった。






◇◆◇


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あきゅろす。
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