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◆死灰屠り(完/連)
第一話
◆◇◆





麗らかな春の陽射しが窓辺から室内に降り注がれる。

そよ風にレースカーテンが揺れる様は、のんびりした昼下がりに御婦人達が紅茶を嗜む姿なんかが似合いそうだ。

――だが、現実は……

俺の事、小泉 要(こいずみ かなめ)は、【貴婦人の優雅にお茶会】なんて妄想からは程遠い、今まさに恐ろしい惨劇が始まろうとしている!と、言っても過言ではないだろう場面に直面している。

「貴方!どういう事なの!?この女とは別れたんじゃなかったの!?」

キンキンと耳に付くような甲高い声でヒステリックにわめき立てている女性が今回の依頼人、大野 和美(おおの かずみ)

「い、いや、わ、ワシは……」

酷く狼狽しながら顔面蒼白となっているのが依頼人の夫、大野 正博(おおの まさひろ)

「だーかーらー、マー君は―、おばさんには飽きちゃったっていってるの―」

怠そうに自身の髪を指に巻き付けながら、依頼人を睨みつけている女性が井藤 麻由(いとう まゆ)、大野氏の愛人だそうだ。

「黙りなさい!この雌狐!!」

「そっちこそ、さっきからキーキー、うーるーさーいー」

井藤はゴテゴテと飾りたてた爪を眺めながら和美を鼻で笑う。

そんな井藤を般若のような顔で睨み付け、更には、依頼人の顔色が怒気でみるみる朱くなっていく。

もう、ここまでくると、一触即発という言葉がピッタリだ。

俺は、危険を感じ、今まで共に静観していた俺の上司である、春日 彩季(かすが さえり)の方をチラリと伺ってみる。

俺より七才下の現役女子高生だが、この業界では俺より長い。

春日は稀に見る端正な顔立ちをしているのだが、相変わらずの無表情で、腕を組み壁に背を預けていた。

時折入ってくる、春の風が春日の細くて柔らかな髪をそよがせる。

春日は俺の視線に気付いたのか、腕を組んだ状態のまま言い争いをしている二人を白くて細い指で指し示した。

それは、俺に“この二人の争いを止めろ”という指示なのだろう。

俺は軽く溜め息を吐き、意を決すると、ワザと険悪な場面に似合わない明るい声で、二人の間に割って入った。

「あの、和美さん!先に和美さんに憑いている生き霊の方を払ってしまいましょう!!」

「何よ!そんなの後に……」

「大丈夫です!!浄霊には、そんなに時間もかかりませんし、さっぱりされた方がゆっくりお話しも出来ますよ!何より憑かれたままの状態は良くありません!さっ、別室に移動しましょうか!」

俺は、訝しげに見上げてくる依頼人に返答の隙を与えないよう、思いつく限りの言葉をまくし立て、素早く、尚且つ強引に別室に連れて行く。

出来る限り、ド修羅場には巻き込まれたくないのが人の心というモノで……何としても回避したいところだ。


◆◇


「あら、で、回避は出来たの?」

俺に熱々のコーヒーの入ったカップを手渡しながら問い掛けてくる人は、女性の様な話し方だが、立派な男性の若宮 左京(わかみや さきょう)だ。

「だったら、良かったんだけどね……」

ダイニングの椅子に座りテーブルの上に置かれた、皿に盛り付けてあるクッキーを口に入れながら春日が口を挟んできた。

春日は俺の鳩尾辺りに視線を向けると、からかう様な声で問い掛ける。

「お腹、もう、大丈夫なの?」

春日の視線を辿って左京も俺に目を向けた。

「あら、何?どこか怪我でもしたの?」

「あ、いえ、そんな大した事は……」

俺は慌てて、首を横に振りながらも、何となく自分の腹をガードするかのように両腕で抱え込む。

今は、痛みはないものの、あの時の事を思い出すと痛みが蘇ってきそうなのだ。


◇◆◇


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