◆死灰屠り(完/連)
第十八話
◆◆
二十分ほど離れていた車内は、外気を大きく上回る熱を籠もらせていた。
既に汗ばんでいた肌から、更に汗が噴出すのを感じる。
フル回転させたクーラーの音が車中に充満する中、助手席の左京が黒いファイルを開き、カーナビを操作しだした。
どうやら次の移動先を目的地設定にしているようだ。
画面上の中央に映し出された文字は、シンセリティ製薬。
支社が三箇所、工場、研究所をそれぞれ二箇所ずつ持つ、日本でも三本指に入る大手の製薬会社の名前だ。
亡くなった田所氏の勤め先であり、事件当日に居合わせた男性二人の職場でもある。
俺の隣に座っていた春日が、運転席と助手席の中央へと身を乗り出した。
「次って、警視庁じゃなかったの?」
「それがねえ、今朝、佐々木さんから連絡があってね、急遽変更になったのよ」
「変更?」
春日は怪訝そうに柳眉を寄せる。
「変更に関しては、佐々木さんは何も言ってはないが……恐らくこちらに配慮してくれたのだろう」
正面を見据えハンドルを握っていた右京は、軽く春日に振り向き、直ぐに視線をフロントガラスへと戻すと、溜息混じりに吐き出した。
「佐々木さんの上司は、大層な野心家だそうだ」
「……ああ、そういうことね」
目を伏せ、ほんのりと赤く染まった口唇に指を添えると、春日は、ゆっくりと座席へと身を戻す。
そしてそのまま、飾られた人形のように黙り込んでしまった。
佐々木の上司が野心家だから――配慮?
今一つ、話の内容が判らず春日達に質問をしたい所だが……恐らく俺が首を突っ込んでいい話題ではなさそうなので、開きかけた口は閉じる事にした。
誰が会話をすることも無く微妙に重い空気が流れること約十分。
目的地であるシンセリティ製薬の本社ビルは、オフィス街の一画に聳え立つ七階建ての大きなビルだった。
白い外壁は、夏の太陽を反射しており、ビル全体が眩く、浮かび上がっているようにも見える。
正面玄関に程近い場所に設けられた駐車場に車を停め、熱気渦巻く外へと出ると、今まで遮断され聞こえなかった蝉の声が耳に付き、下がっていた不快指数が一気に上がった気がする。
「あら?」と、呟いた左京が視線を一点に固定した。
その先には、白い乗用車と、黒色の乗用車。
白色の車は、ゆっくりと隣の駐車スペースに停車し、助手席から佐々木が姿を現した。
「おう。急な変更ですまなかったな」
後ろでにドアを閉める佐々木に右京は軽く頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、お気遣いいただいたようで」
「どうも、今日はー。いやあ、車が込んでて、時間に遅れるかと思ったけど、なんとか間に合ったようですねー。にしても、毎日暑いですねえ。僕、干からびちゃいそうですよ」
佐々木より少し遅れて運転席から出てきた角田が、頭……いや、額に浮かぶ汗をハンカチで拭う。
そんな角田の背後に二人の男性の姿が見えた。
先ほどの黒い車に乗っていたのだろう。
二人の男性は、俺達の姿を前に目礼してきたので、こちらも揃って礼を返す。
男性達が顔を上げたところで、ようやく気が付いた。
彼らは、田所氏が亡くなった現場にいた二人だ。
佐々木達と一緒だったという事は、警視庁かどこかで事情聴取でも受けていたのだろう。
白髪交じりの年配の男性が、薄く笑みを作り「暑い中申し訳ありませんね、どうぞこちらです」と、ビルの中へと案内してくれた。
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