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◆死灰屠り(完/連)
第十六話
◆◆


翔に通された場所は、廊下よりも少し肌寒く感じる部屋だった。

目隠しのように天井から垂れ下がっているブルーのカーテンを翔は慣れた手付きで脇にスライドさせる。

「斉藤先生」

開かれた先には、三十代ぐらいの白衣を着た男性が居た。

ストレッチャーに横たわる遺体に銀色のシートを掛けているところだったようで、その手を止め、入ってきた俺達へと顔だけで振り返る。

「結城か、どうかしたのか?」

「ええ。先程話していた、田所さんの客人です」

男性は、何かに気付いたように「ああ」と、頷き、銀色のシートから手を離した。

「それじゃあ、俺は一足先に休憩に入らせてもらうよ」

「すみませんね」

男性は「いや」と、翔に微笑し、俺達に軽く頭を下げてから室内を出て行った。

翔は男性を見送った後、ストレッチャーの前まで行き、ゆっくりとシートをめくった。

自分の脈拍が、突き上げられるように一気に上がったのが判る。

シートの下から現れたのは、彼だ。

昨日見た、苦しそうな表情ではなく、静かに目を閉じ、口を噤んでいる。

彼の身体には、当然ながら三本の大きな傷が、痛々しく残っていた。

鮮明に蘇ってくる、血の臭い。

辺りを染め上げるように流れる、おびただしい赤。

本音をいえば、今すぐにでも目を逸らし、この場から逃げ出したい。

気を抜くと身体が震えだしてしまいそうだ。

息をつめて自分の中で沸き起っているナニカが、落ち着くのを待っていると、ひんやりとした物が、俺の手に触れてきたのに気付いた。

知らぬ間に握っていた拳に触れるそれは、春日の指で、拳の力を抜くと、俺の手に春日の手が絡まる。

そして、ぎゅっとその手に力を入れてきた。

春日の端正な顔には、何の感情も表れていない。

長いまつ毛に覆われた双方の瞳をストレッチャーに向けたままだ。

だけど、少し冷たい春日の手は、まるで“ここにいるよ”と、言ってくれているようで、不思議と俺の心に沸き起こっていた波が、凪いでいくのを感じた。

「田所 幸太(たどころ こうた)、四十八歳、O型、身長176センチ、体重68キロ。死因は失血死。頚動脈まで達した、この首下から腰まで伸びた裂傷が致命傷です」

「他に傷や不審な点は、ありませんでしたか?」

「この裂傷以外の傷は見当たりませんでした。薬物反応もありませんでしたし、病歴もみられませんでしたので、亡くなる前は、至って健康体だったと思います」

「そうですか。……要」

右京の心配そうな目が、俺を捕らえる。

「見れるか?」

右京だけではなく、左京と春日、翔の視線が俺に集まるっているのを肌で感じる。

春日と繋いだ手に一度握り返してから、その手を離し、一歩足を進めた。

「いけます」

亡くなった男性、田所氏の前に立つ。

大丈夫だ。

一人じゃない。

俺を心配してくれる人達が、傍にいる。


一旦、視界を遮断し、再び彼を“見る”

血の気の全く見られない青白い肌は、まるで蝋人形のようだ。

だが、昨日のあの時までは、生きていたのだ。

突如として消えた命。

彼の身に何があったのだろうか――

遺体特有の“気”が、田所氏から放たれていた。

人は死に至ると、生きてきた間に溜めた“気”が、徐々に大気へと流れ出て行く。

この力を授かったことにより、その存在を知り、見ることが出来るようになった。

だが、未だにこの“気”が何なのかという根本的な所は、判らないままだ。

唯一、判っている事といえば“気”は、滞る事なく必要な場所に流れ、そして、また巡るということ。

活動を停止したモノに必要としない“気”が、大気の流れへと戻っていく中、その“気”とは異なる“気”が、僅かだが田所氏の傷もとから染み出すように流れているのが見えた。

「……これは」

何度か見た事がある、禍々しい“気”

残り香のように漂う、それが示すのは――

「呪詛かもしれません」

自分で思っていたよりも、酷く硬い声で、俺はそう告げた。


◆◆


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