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◆死灰屠り(完/連)
第十五話
◆◆


軽く昼食を済ませた後、心霊班本部のフルメンバーで向かった先は、昨日にも訪れていた監察医務院だった。

駐車場に降り立つと、ジリジリとした痛みを感じる熱光線と、地面から革靴を通り越して伝わってくる熱気が、なんとも不快だ。

澄んだ空に、真っ白な入道雲といった夏の象徴ですら腹立たしく見えてしまうのは、仕方のない事なのかもしれない。

普段は飄々としている春日ですら、暑さの所為か、きゅっと眉を寄せている。

今日も、昨日と同じで、見事な真夏日のようだ。

監察医務院の入り口でもある自動扉を潜った所で、通路の奥から、こちらに向かってくる白衣姿の翔の姿が確認できた。

声を掛けようと口を開いた所で、ある事に気付き固まった。

右京達も、時が止まったように動きを止めている。

と、いうのも翔の両手には、黒くてもぞもぞと蠢く物体が抱えられていたからだ。

ピンと立った三角形の小さな耳、アーモンド大の金色の瞳。

鳴き声を上げる度に覗く、赤い舌。

生物学上の言葉を借りるのなら、食肉目ネコ科の哺乳類。

一般的には猫と呼ばれる動物だ。

黒猫は、翔に抱えられているのが不服のようで、身を捩りなんとか逃げ出そうと、もがいているように見える。

そんな黒猫を翔は逃がさないようにと、真剣な面持ちで抱きしめ、急ぎ足でこちらに――と、いうより、玄関口へと向かっているようだ。

病院に似た空間の中だからだろうか、なんとも違和感のある光景が目の前で繰り広げられていた。

「あ、皆さん、いらしてたんですね」

俺達の姿に気付いた翔が、手元から注意をそらした瞬間、黒猫はここぞとばかりに身体をくねらせ暴れだした。

「うわっ」と、いう翔の叫び声と同時に、黒猫は翔の腕を離れ、玄関口に居る俺達の方へと脱兎の如く駆けてくる。

俺は咄嗟に、黒猫を捕まえようと腕を出し、その黒い身体に触れたほんの一瞬、手の甲に鋭い痛みが走った。

「いっ!」

どうやら、黒猫の爪で引っ掻かれたらしい。

捕まえ損なった黒猫は、そのまま灼熱の外界へと逃亡した。

「要、大丈夫?」

声を掛けてきた春日や心配そうに俺を見ている右京達に「大丈夫です」と、答えながら、ヒリヒリと痛む自分の手の甲を確認する。

幸いな事に出血はしておらず、赤いミミズ腫れが三本、うっすらと出来ているだけだった。

「小泉君! 怪我はありませんか? すいません、俺がうっかり逃がしてしまったばかりに……」

翔は心底申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「何いってるんですか、翔さんの所為じゃありませんよ」

うっかり自分のミスで怪我した挙句、捕獲のチャンスまでも逃してしまった自分が少し情けなく感じる。

「本当に大丈夫ですよ。ほら、軽く引っ掻かれただけですので、血も出ていませんし。それより、あの猫、逃がしたままでいいんですか?」

「ああ、構いませんよ。あの猫はどこからか迷いこんで来た猫でして、丁度外に連れ出そうとしていた所だったんですよ。流石に院内に動物は、色々と不都合が多くて」

「確かにそうでしょうね。精密機械や、薬品、はたまた遺体まで置いてあるし、悪戯されたら困る物ばかりですものね」

軽く肩を竦めて見せる左京に、翔は苦笑しながら黙諾した。

「翔さん、今日は無理を言ってしまって申し訳ありません。お時間の方は大丈夫なのですか?」

「ああ、そうでした。あまり、長い時間は取れませんが、構いませんか?」

右京は「ええ。然程時間は取りませんので」と、頷いてから、俺の方へと振り返る。

「要はどうする? ここで待っていてくれても構わないが……」

俺達がここに来た理由は、昨日の遺体を確認する為だ。

霊的なモノが、絡んでいないか調べに来たのだが――正直、昨日の今日で、再びあの遺体と再会するには、辛いものがある。

ふとした拍子に、生々しい血の臭いや、無残な光景が脳を掠めていき、その度にヒヤリとしたモノが、心を撫でていく。

心の整理というものが、まだ出来ていないのだ。

だが、数時間前に右京から告げられた言葉が、胸の中で燻ぶる。

こんな所で、意地を張っても仕方のない事だと判ってはいるが――それでも、逃げ出すような無様な姿を見せたくない。

「いえ、俺も行きます」


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