◆死灰屠り(完/連)
第十四話
◆◆
駅の入り口に点在するベンチの一つで、黒いダッフルコートを着た女の子がレザー素材の濃紺色した学生鞄を抱え無防備に寝入っていた。
今にも雪が降り出しそうな程、強く冷え込んでいる寒空の下、こんな所でよく眠れるなと、感心に近い心境で彼女へと近付く。
「お嬢さん、起きて下さい。こんな所で寝ていては、風邪をひいてしまいますよ。と、いうか、凍死しちゃうかもしれませんよ」
俺の呼びかけに彼女は小さな呻き声を上げ、俯いていた顔をゆるゆると上げた。
彼女の動作に伴い肩に掛かっていた艶やかな黒髪が、さらさらと動く。
真っ白な肌に理知的な眉、くっきりとした二重の大きな瞳を覆う長い睫毛が、頬に影を落としている。
形の良い鼻梁、薄く色付いた赤い唇からは、白っぽい吐息が漏れ出た。
「すみません。人を待っていて……うっかり眠ってしまったようです」
時が止まってしまったのだろうか。
そう、錯覚してしまう程の衝撃があった。
彼女の壮麗ともいえる容姿に、凛とした涼やかな声に、全神経が麻痺したようにも思えた。
――ああ、これは夢だ。
春日と初めて会った日の記憶。
そうだった、この日の春日も――
「……居眠りしてたな」
少し掠れた俺の声は、見慣れた天井へと吸い込まれていった。
身体のだるさは残っているものの、頭に感じていた重さは、幾分か軽減されているようだ。
ベッドから身体を起した所で、扉をノックする音が聞こえてきた。
返事をすれば、ドアの隙間から現れたのは、カッターシャツにスラックス姿の右京だ。
「もう、起きていたようだな。体調はどうだ?」
「お陰さまで、だいぶスッキリしましたよ」
ベッドから降り、立ち上がる俺を右京は満足そうな表情で見ながら「そうか」と、穏やかに微笑む。
「昼食に左京がサンドイッチを作っている。着替えたら降りてくるといい」
「判りました」
俺の返事を聞き、部屋を出ようとした右京の足が不意に止まった。
まだ何か用事でもあるのだろうか。
右京に目を止めていると、神妙な面持ちの右京の視線と交じり合った。
「この先、もしかすると、今まで以上に危険な目に、辛い目に遭うかもしれない。今なら、まだ間に合うだろう」
「右京さん?」
寝起きの所為か、最初は何を言われているのか理解出来なかったが「本部勤務を外れるなら、今の内だ」と、いう右京の台詞で、ようやく飲み込めた。
「……それは」
声にして、自分の口腔内が酷く乾いているのに気付いた。
何かが胸を強く圧迫していて、足元は浮遊感に見舞われており、ちゃんと立てているのかも判らない。
ぐっと、拳を握り、自分の身体が此処にある事を確かめてから、右京を見上げた。
「俺が足手まといだからですか?」
何度も聞こうと思った。
彼等とは歴然と離れている能力の差。
力になる所か、迷惑をかける事の方が多い現実。
俺は、彼らの傍には相応しくないのではないだろうか。
だが右京は瞠目しながらも、瞬時に「それは違う」と、否定した。
「要を足でまとい等と思った事は無い」
「では、何故です!?」
何故、俺を本部勤務から外そうとするんだ。
何故、遠ざけようとする?
『あの三人の繋がりは強い。あまりの強さに他者を寄せ付けへんぐらいにな』
不意に脳裏に蘇る言葉。
そう言っていたのは、元心霊班統括だった人。
「君を……要を巻き込むのは、俺の本意ではないんだ」
現心霊班統括は、搾り出すようにそう告げた。
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