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◆死灰屠り(完/連)
第十三話
◆◆


室内に入ると、入って右側面に並ぶように洗面台や収納棚が設置されており、中央には脱衣所と洗面所の仕切り用のカーテンが敷かれ、その奥に浴室がある。

湿度の高い空気が充満しているので、春日が風呂を使用しているのは確かなようだ。

俺は、閉まっている仕切りカーテンの前から、再び春日へと呼びかけたが、やはり返事は返ってこない。

カーテンを開いてみるが、そこにも春日の姿はなかったので、俺は浴室のドアへと進み、ドアをノックしながら、大きめの声で春日を呼ぶ。

だが、それでも返事が無いので、中を確認しようと浴室のドアに手を掛けて、ふと、ある事に気付いた。

――開けてもいいのだろうか。

この扉の向こうにいる春日は、一糸纏わぬ姿で居るのだ。

いくら、左京に様子を見てきてくれと言われたからといって、春日は歴とした高校生。

全くの子供ではない。

ぶわっと、体中の血液が沸騰したような感覚が俺の身体に走った。

「さ、サエっ? 居てるんですか? 返事して下さい!!」

祈りを込めるような想いで、先程よりも、より一層大きな声で呼びかける。

正直、俺も男の端くれであって、春日の裸を見たくない訳ではないが、気恥ずかしいというか、こんな形で見たくないというか、要するに見てはいけない気がするのだ。

しかし、返ってくるのは無情にも沈黙。

これだけ、呼びかけても返事が無いとなると、よっぽど深く眠り込んでいるのか、一番起きて欲しくない事態になっているのかもしれない。

もし、溺れているのだとすれば、一刻も早く助けださなくてはいけないのだが、春日の裸を見てしまうという罪悪感が多少……いや、大いにある。

あるのだが、これは不可抗力だ!と、自分に言い聞かせながら浴室のドアに手を掛けた。

中折りドアなので、後は、取って部分を引くだけだ。

コレを引けば、春日を助けられるが――

「……やっぱり、全裸だしなぁ」

「誰が?」

突然の背後からの声に「ヒィッ」と、俺の咽喉から奇声が上がったが、聞き覚えのある声の主の出現で、それ所ではない。

「お取り込み中、悪いんだけど、サエちゃんなら、先程、キッチンに降りてきたわよ」

左京は苦笑しながら、俺の肩を掴み引き寄せられた。

必然的に俺の耳元に左京の顔が近付く。

「残念だったな」

俺が咄嗟に左京を見上げると、左京は、にやにやと薄笑いを浮かべていた。

「……左京さん、付かぬ事を伺いますが、いつから其処に?」

「要君が洗面所に入った時からかしら。すごく面白かったわよ」

「百面相」と、言い終えると、左京は俺から顔を背け、肩を小刻みに揺らしだした。

俺からは、左京の表情は伺えないが、見なくとも予想はできる。

どうやら、俺は左京にからかわれたようだ。

しかも、浴室の前で、苦悩していた様子を一部始終見られていたようで――返せ、俺の苦悶した時間を!!

腹立ちと、羞恥に拳を握っていると「二人とも、そんな所でどうしたの?」と、呆れた様子の春日が洗面所に立っていた。

「なんだか、左京、凄く楽しそうね」

「そうなのよー。要君ったらねー」

「わぁっー!!」

この人は、何を言い出す気なんだ!!

俺は、慌てて左京の口元を両手でカバーする。

「要?」

そんな俺の行動を訝しげに見てくる春日の視線が、とてつもなく痛く感じるのは、罪悪感が、なせる業なのだろうか。

先程の出来事を事細かに説明する事なんて、絶対に出来ない俺は、曖昧に笑って、その場を必死に誤魔化すしかなかった。


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あきゅろす。
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