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◆死灰屠り(完/連)
第十二話
◆◆


目蓋に掛かる強い光により、意識を浮上させた時には、既に蝉の合唱は始まっていた。

枕元に転がっている目覚まし時計は、六時五十七分を指し示しており、後三分で、普段の起床時間がやってくる。

昨夜は、酷く身体は疲れていた筈なのに、あの事件があった所為か、気が高ぶっていて中々寝付けなかった。

空が白みだす頃まで睡魔はやって来ず、今現在の時刻からして、二時間ぐらいしか眠れていないようだ。

当然ながら、身体は極度に睡眠を欲求しているのだが、このまま再び眼を閉じれば、寝坊しかねないので、気力を振り絞り起き上がる。

ベッド下に少し乱れて置いてあるスリッパを履き、いつも通りに立ち上がると軽く視界がぐらついた。

自分で思っている以上に身体は疲れているのかもしれない。

ふらふらとしながらも、ソファーに置きっぱなしのハーフパンツを穿いて、洗顔の為に部屋を出る。

廊下へと出れば、真っ先に目に付くのは、右向いにある春日の部屋だ。

部屋のドアの向こう側には、人の気配は全く感じられない。

不本意ながら明け方まで起きていた訳だが、その間は春日の帰ってきた気配はなかった。

――まだ、帰っていないのだろうか。

春日の部屋の前で立ち止まっていると、階段を誰かが昇ってくる音がした。

「右京さん」

書類の束を片手に現れたのは、右京だ。

右京が、ここに居るという事は、春日も帰ってきているのでは……

「要か。おはよう」

「あ、おはようございます」

「昨夜は、よく眠れ……なかったようだな」

右京は、俺の顔を見て苦笑する。

一目見て判るほど、俺の顔は疲れた表情をしているようだ。

「今日は、昼過ぎから外に出る予定だ。それまでは、もう少し休むといい」

「ありがとうございます。あの、サエは……」

「帰っているよ」

右京は、軽く微笑むと階段の隣にある右京の自室へと入っていった。

扉が閉まる音と共に、俺は急いで階段を下りる。

右京と一緒に御前の所へ行った春日の姿を確認する為だ。

今の時間なら春日は左京と一緒に朝食の準備をしている事が多い。

階段を下り、すぐ左側にある扉を開く。

六人掛けのダイニングテーブルと、奥にあるキッチン。

そこに居たのは、フライ返しとフライパンを持っている左京が一人だけだった。

「あら、要君。おはよう。もうすぐ朝食出来るわよ」

「おはようございます。あの、サエは?」

「あぁ、そう言えば……」と、左京は壁に掛かる銀フレームの至ってシンプルな時計に眼をやる。

そして、形の良い眉を軽く顰めた。

「要君、悪いんだけど、お風呂場の様子見に行ってきてくれないかしら?」

「お風呂場?」

「サエちゃんが、お風呂に入って、もうかれこれ一時間近く経ってるのよ。多分、また居眠りしてるんだと思うのよね」

左京は、俺に背を向け、フライパンをコンロの上へと置きながら「サエちゃんって、隙あらば何処ででも寝ちゃうから。お風呂で寝るのは危ないっていつも言ってるんだけどねぇ」と、ため息混じりに肩を落とす。

そう言われれば、確かに春日は、居眠りする事が多い。

暇な時間があれば、大概いつも眠っている。

しかし、風呂場でまで眠るとは、よっぽど疲れているのか……案外、眠るのが趣味だったりするのだろうか。

左京のこの言い方だと、一度や二度の話でもないようだ。

「判りました。サエの様子見てきます」

「よろしくー」と、いう左京の声を背中に受け、俺は先程降りてきた階段を再び上がる。

風呂場は、階段を上がって左側の廊下を少し進んだ場所にある。

俺が顔を洗おうと思っていた洗面所も同じ場所だ。

木製の扉を、二回程ノックし声を掛ける。

だが、返答は聞こえない。

やはり、左京の読み通り、春日は眠っているのだろうか。

「まさか、溺れてるって事ないよな?」

不安な気持ちを抱き、俺はドアノブに手を掛けた。


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