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◆死灰屠り(完/連)
最終話




「……誘拐。そうだったのか」

佐々木はソファーに背を預け煙草に火を点ける。


事の発端は四年前、福山の愛人であった杏子の息子、当時一歳の聡を静江が誘拐した事だった。

静江は子供が出来ない体質で、長い間、子供を欲しがっていた。

そんな中、福山に隠し子が居ることを知り、その子供を引き取ろうと杏子に交渉したが、頑として杏子は首を縦に振らなかった。

静江は裁判を起こしてでも聡を手に入れようとしたが、福山からの反対を受けてしまう。

丁度その頃、福山は選挙戦を目前に控えている時だった。

当然、福山にしてみればスキャンダルや問題事を表沙汰にしたくはない。

裁判などは、もっての他だ。

それでも、あきらめ切れなかった静江はついに“誘拐”という行為にでてしまった。

その事を知った福山は、あろうことか、杏子を事故に見せかけ殺害し、元々認知していた聡を内密に引き取り、事態の沈静を図ったのである。

しかし、数年後、静江が突然不可思議な事を口にするようになった。

死んだ杏子の姿を見る……と。

その内、静江は聡を見て酷く怯えるようになった。

そして、福山が出張中に、あの事件が起きたのだ。

福山が聡を助けようと監禁されている部屋に行くと、壁、天井、床には「聡を返せ」と全面に血のような赤い文字で書かれていた。

そして聡が倒れている場所にだけ、別のメッセージが書かれていた。

“聡は私のもの”


「恐怖を感じた福山氏はあの部屋を封印し、そして、あの屋敷を出た。一応、あの屋敷の所有者は福山氏ですが、事実上の所有権は静江さんの父親にあったらしく、福山氏の知らぬ所で売買契約が成されてしまい、今のオーナーの渡辺氏の手に渡ってしまったんです」

右京は持っていた書類の束を佐々木に手渡した。

「で、今回の事件か……」

佐々木は灰皿に煙草を押し付けると、書類に目を通す。

そんな佐々木を横目に角田がおずおずと口を開いた。

「あの、杏子さんは何故、五人もの人を殺したのでしょうか?」

小泉は、自身の顎に手を置き天井を仰ぎながらポツリと言う。

「……多分ですが、杏子さんには、あの年代の人は皆、福山氏に見えたんじゃないでしょうか。だから、また聡君を連れて行かれないように排除していたんでしょう」

「杏子さんはただ、聡君と一緒に居たかったんです。その想いだけで、彼女の中には善悪はありませんでした」

背後からの声に振り向くと、左京と共に春日が部屋の入り口に立っていた。

「サエ! 大丈夫……なんですか?」

「お蔭様で」

春日は少し口元を綻ばせ、小泉達の近くの椅子に腰を降ろした。

右京は、ソファーに座ったまま、春日の顔を覗き込む。

「……まだ、少し顔色が悪いな」

「大丈夫よ、右京。気分は悪くないから」

「そうか。ならいい。……何か判った事は?」

春日は首を横に振る。

「特にこれといっては……彼女の中にあるのは、ただ聡君への想いと福山に対しての憎しみだけだったから」

「……どういう事だ?」

佐々木は、キョトンとした顔で春日達に問い掛ける。

「杏子さんは、穢れが強すぎて……あの状態だと、浄霊させる事が出来なかったから、彼女の負の部分を蒼焔に祓わせたんです。私と蒼焔は繋がっていますからね、祓った時にその人の想いとか、記憶なんかが流れてきたりするんですよ」

「浄霊?」

「霊を清め、世のしがらみから解放させてあげる事です。要するに静かに眠りについてもらうという事ですよ」

角田は得意げに佐々木に話す。

「何でお前はそんな事に詳しいんだ……」

佐々木は溜め息を吐きながら脱力するように頭を抱えた。

その光景を前に春日はクスクスと笑う。

「浄霊役には聡君が、自ら買って出てくれたから、恐らく今頃は、二人で静かに眠っていると思います」

その言葉に右京達も頷く。

佐々木は、その様子を見て「そうか」と、頷いた。

「被害にあった五人の方達も、ちゃんと浄化していますよ」

「……そうか……」

佐々木は、悲しいような嬉しいような何とも表現のしようのない想いの中、指輪が入った袋をポケットから取り出す。

鈍い銀色の光を放った、この指輪を山岡の婚約者に渡す事。

それが、山岡から託された最後の願いだ。

佐々木は指輪をギュッと握りしめた。

「……さて、そろそろ行くか。福山の殺人容疑の裏付けをしないとな」

佐々木は、指輪を胸ポケットに入れながら立ち上がる。

「そうですね」

角田も立ち上がり「では、これで失礼します」と、軽く春日達に頭を下げた。

右京達も軽く会釈する。

佐々木達が部屋を出ようとした、その背中に春日がハッキリとした口調で言葉を投げかけた。

「彼が佐々木さんの前に姿を表わしたのは、それだけ佐々木さんの事を気にかけていたからです。あの憎悪や悲しみが渦巻く中で、自分を保つ事は容易ではありません。……恐らく、直ぐにでも佐々木さんを殺す事も出来たはずです」

「……そうか。あいつは俺の命の恩人なんだな。……嬢ちゃん、ありがとうな」

佐々木は、春日に背を向けたまま手を軽く振り歩きだす。

角田は、ペコッと頭を下げワタワタと佐々木を追い掛けて行った。

「福山の事件、立証出来るといいですね」

二人の背中を見送りながら小泉が呟く。

「大丈夫でしょ、うちの調査班も協力するみたいだしね」

左京も小泉同様二人の姿を眺める。

「そうですね」

小泉は一つ頷き、部屋の窓に視線を移した。

暖かな太陽の、白っぽい光が柔らかく射し込み、部屋を照らし出している。

願わくは、あの親子や被害にあった人達には、こんな優しい日だまりの中で安らかに眠っていてほしい。






2006.3
2008.3(追加修正)


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