◆死灰屠り(完/連)
第十六話
※
「若宮様、どうぞお入り下さい」
厳つい顔に見合った鍛え上げられた身体をした男が、右京を部屋へと促す。
通されたその部屋は、二十畳ほどの和室で、正面の縁側にある柱に、背を預けた男が、畳の上で足を前に組み、ゆったりと座っていた。
濃緑の着流しに金茶地にグレーの線が入った帯を着た男の視線の先には、手入れの行き届いた日本庭園が広がっている。
「右京か、よく来たねぇ」
目線だけをちらりと動かし右京を見やると、口元だけを綻ばして笑む。
「突然の訪問、申し訳ありません。快く招き入れてください有難うございま……」
男は右京の言葉を遮る様に喉でククッと笑った。
持っていたキセルを軽く持ち上げれば、壁際で控えていた側女が男からキセルを受け取る。
「相変わらず堅苦しい男だねぇ。私と右京の仲だろうに。そんな上辺の挨拶はいいから、こちらに座りなさいな」
男が指差した場所は、側女が男の隣に準備した臙脂色をした座布団。
右京は、微かに眉尻を動かしながらも、表情を変える事無く「失礼します」と、男に声を掛け指定された場所に腰を落とした。
「姫君は元気にしているかい?」
「はい、お蔭様で」
「それは、なによりだ」
男は、用意された、雀と紅梅柄の美しい湯飲み茶碗にゆっくりと口をつける。
一口飲むと、湯のみ茶碗を手にしたまま、右京を見上げた。
「……で、私に何用だい?」
「お聞きしたい事があります」
「ほう、それはお主、個人としてかい?」
「いえ」
「と言う事は……姫君かい?」
「はい」
「ならば、協力しない訳にはいかないねぇ」
「ありがとうございます」
右京は軽く頭を下げた。
男は側女から再びキセルを受け取ると、ゆるりと煙りをくゆらせる。
「聞きたい事というのは、国務大臣の福山の事かね?」
「やはり、ご存知でしたか」
右京は、小さな溜息を吐き出した。
この人には、我々の行動など全てお見通しなのだろう。
そして、その先に必要になるであろうモノをそっと用意してくれている。
こういった先読みは、やはり経験がモノをいう。
彼が生きてきた年月を考えると、自分はまだまだ、ひよっ子だ。
「何、たまたまだよ。色々と私の小耳に挟みに来る輩がいるもんでねぇ」
右京の目前にいる男の下には、ありとあらゆる情報が集まってくる。
それは、彼の力もあるのだろうが、大半は長きに渡る歴史の積み重ねの結果だ。
「ならば話しが早いです。単刀直入にお聞きします。二年前に亡くなった福山の子息をご存知ですか?」
「くくっ、右京は父親に似てせっかちだねぇ。特に大切なモノが絡むと……ねぇ?」
男は楽しそうに肩を揺らしながら、側女に手を上げ合図を送った。
「まぁ、私に聞くよりも本人に直接聞く方がよいだろう?」
男がそう言うと、右京の背後の襖から一人の男が入ってきた。
見るからに高級ブランドのスーツを身に纏う男は、細身で長身。
堀の深い顔立ちの所為か、目元が窪んで見えて、陰険そうな印象を受ける。
右京は立ち上がり、男に一礼する。
……濁った眼をしている。
それが、男、福山利信への第一印象だった。
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