◆死灰屠り(完/連)
第十四話
※
「……えぇ、そうです」
ざわざわと木々が揺れる音と共に、左京の声が遠くから聞こえる。
体に吹き付ける少し冷たい風が、邸の外だという事を理解させてくれた。
何時、外に出たのか覚えていない。
俺は此処で何をしているんだ?
居なくなった二人を探さなければならないのに……
思考が上手くまとまらない。
体か動かない。
――本当に一瞬だった。
体中の産毛が逆立つような感覚に襲われたかと思うと、そこに居た筈の二人は既に消えていた。
阻止する暇なんてモノは、なかった。
手を伸ばせば、すぐに触れられる距離にいたのに。
自分は、なんて情けないんだろうか。
春日を、佐々木を助けられなかった自分に怒りを覚える――
「ちょっと、要君! 手の力を抜きなさい! 血が出てるじゃない!」
「……左京さん?」
左京は慌てて俺の下に駆け寄り俺の手を掴んだ。
俺も掴まれた手に視線を移す。
どうやら俺は、無意識の内に拳を力一杯握っていたようだ。
握った拳は色が変わり、手の平から血が出ているのか、隙間に赤い色が見えた。
左京は、俺の指をほぐすように一本一本、開いていく。
「サエちゃん達なら大丈夫よ。ちゃんと生きいているわ」
「……左京さん」
左京の手が靄のような薄いグリーンの光に覆われた。
そっと、俺の手の平の上から、その手をかざす。
傷ついた場所が暖かくなり、ゆっくりと傷口が塞がっていくのが判る。
「今、私達に出来る事は何?」
「――サエ達を探すことです」
そうだ、早く助け出さなくてはいけない。
今、こうしている間にも危険な目に合っているかもしれないんだ。
逸る気持ちの俺を見透かしたように、左京は普段よりも低く落ち着いた声で「要」と、俺の名前を呼ぶ。
「今、闇雲に探しても時間を無駄に浪費させるだけだ」
「ですがっ!」
左京は俺の言葉を遮るように、力強い目で真っすぐ見てきた。
「今の俺達に出来る事は、冷静に物事を考え、先に進む事だ。それが、延いては、彩季達の救出に繋がる。違うか?」
こうやって、真面目な表情で、いつもの女性的な話し方ではない左京は、右京と良く似ていて、双子なんだと再確認させられる。
「……いえ」
左京は、ふと表情を緩め、俺の頭にぽんと手を置いた。
「でも、サエちゃんの心配もしてくれて、ありがとう」
俺は俯いたまま、頭を左右に振る。
左京は、春日と小さい頃からの知り合いで、本当の兄妹のように、いつも一緒だったと聞いた。
いわば家族みたいなモノなのだと。
俺なんかより、もっと心配だろうに……こうして、俺を気遣ってくれている。
「……すいません、左京さんの方が辛いのに。俺、取り乱して」
左京は、俺の頭に置いていた手で軽く小突いてきた。
「辛いに上も下もないわよ。気持ちっていうのはね、その人だけのものなのよ」
「左京さん」
左京は俺に微笑み、次いで邸を睨み見る。
「絶対に助け出しましょうね」
真っ直ぐに見上げる左京の眼差しには、強い意志の光が宿っている。
左京も俺も、気持ちは一つだ。
俺は、両手で気合いをいれるように自分の頬を叩く。
いい音を立てて叩きつけた頬は、ピリピリとした痛みを伴ったが、気合は入った。
腹の底から「はい!」と、力強く答えれば、俺の行動に驚きながらも、左京は、穏やかに笑った。
※
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!