◆死灰屠り(完/連)
第十三話
※
「……き、……さき、佐々木!」
重い目蓋を開くと、同僚の山岡の顔が視界に一杯広がった。
どうやら俺の顔を覗き込んでいたようだ。
「……山岡」
「ようやく起きたか。こんな所で寝ていたら風邪ひくぞ?」
山岡はニッと笑いながら俺の肩を軽く叩く。
俺は、いつの間にか寝そべっていたソファーから体を起こし辺りを見回した。
目前には長方形の小さなテーブルが置いてあり、その向こう側にも俺が横たわっていたソファーと同種のソファーが置かれている。
更に俺の座っているソファーの後ろには衝立てがあり、衝立ての壁には交通安全を啓発するポスターやメモ用紙等が乱雑に貼り付けられていた。
この衝立ての向こう側にはデスクが並べられているのだろう。
確認するまでもない。
ここは、俺にとって、いつもの光景。
他でもない毎日通っている仕事場だ。
しかし、なぜ俺はこんな所で寝ていたんだろう?
酷く重く感じられる身体。
頭を軽くふり、記憶を探ろうとするが、思考が上手くまとまらない。
「大丈夫か? ずいぶん疲れているみたいだな?」
「あぁ、妙に身体がだるくってな。……なぁ、なんで俺は、ここで寝ていたんだ?」
山岡は眼を見開き驚いた表情を浮かべた。
「おいおい本当に大丈夫か? オマエは昨日の捜査で徹夜だったんだろ? で、仮眠とるって言ってここに倒れこんでいたじゃないか」
「……そう……だったか?」
「なんだぁ? ボケるには、まだ早いんじゃないか?」
そういうと、山岡は陽気にハハハッと笑いながら備え付けの冷蔵庫から缶コーヒーを取り出すと、俺の目の前に差し出した。
「ま、これでも飲んでシャキっとしろよ?」
「ああ、悪いな」
俺は缶コーヒーを受け取ろうとした――が、何故だか右腕が動かない。
いや、正確に言えば右手が、だ。
「ん? どうかしたか?」
山岡は不思議そうな様子で俺の視線を辿った。
「なんだ? 手がどうかしたのか?」
「ん? ああ。……動かないんだ」
「ふーん、どうせ変な寝方でもして痺れたんだろ? オマエ寝相悪いからなー」
「悪かったな」
軽く山岡を睨み、鉛のように重い身体を、気力を振り絞って立ち上がらせる。
未だに、回転の鈍い頭をがしがしと掻きながら室内を見渡した。
室内はガランとしていて、どうやらここには俺と山岡しかいないようだ。
「他の連中は?」
俺は辺りを見回しながら山岡に問い掛ける。
山岡は俺に背を向け、持っていたコーヒー缶をテーブルに置いた。
「……今はみんな出払っているよ。……そのうち来るだろ」
「そうか。……ん? 来る?」
妙な言い方だな。
……帰って来るって、事か?
依然、山岡は、俺に背を向けて立っている。
山岡に声をかけようと口を開いた時、俺の右手に何かが触れた感触がした。
自分の右手に視線を移すと、俯いた少年が俺の手に自分の手を添えるように握っていた。
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