◆死灰屠り(完/連)
第十一話
※
目を凝らして見ると、ちょうど、二階の左端部分の壁が微かに他の部分と色が違う。
この洋館は上から見るとアルファベットの“Η”の形になっていて、正面玄関を入ると、広いエントランスホールがあり、左右の通路に沿って大部屋等が立ち並んでいる。
玄関からエントランスを突っ切るように真っすぐに伸びる通路を渡ると、また左右にキッチン、ダイニング、洗面等の部屋。
エントランスの階段を上がれば、中央の廊下に出る。
廊下を進めば、更に左右に分かれた廊下があり、中央の廊下側は、窓ガラスが点在した壁、その向いには、大部屋と大部屋より少し狭い部屋が並んでいる。
そして、それは、中央の廊下を挟んだ反対側にも同じ造りになっているのだ。
「サエちゃん? どうかした?」
左京は館を凝視している春日に声を掛けてきた。
春日は、真っ直ぐ、指を指し示めす。
「二階部分の左端の壁色が、微かに違う」
左京は、春日の白くて細い指が、指し示す方向に目線を向けた。
「……ほんとだわ」
左京は眉間に皺を寄せながら館を見据える。
「ねぇ、確か二階部分の部屋って、左右対象に並んでいるはずよね?」
その言葉に、左京は手元の図面を見ながら頷く。
「ええ、明らかにあの部分にもう一部屋あるわね。恐らく、あの壁辺りにもう一つ窓が在ったはずよ。窓を潰す為に壁を塗り込めた。って、処かしら?」
「どうかしたんですか?」
小泉が春日達の背後から声を掛けてきた。
「あら、要君。不思議な小部屋発見よ」
左京の発言に小泉と佐々木は顔を見合わせる。
「どういうことだ?」
佐々木は訝しげに眉間に皺を寄せ問い掛けた。
春日は左京の手元にある図面に視線を落とす。
「二階の左端部分の壁が、他の壁と色が違うんです。――で、私達は、そこにもう一部屋隠れているんじゃないかと思うのですが……」
佐々木は春日の言葉に目を見開いた。
春日は静かに目線を上げ、佐々木を見る。
「昨日、佐々木さんが言っていた違和感ってこの事だったんじゃないですか?」
佐々木は「ああ」と、うわずった声で返事をした。
「そうだ。昨日、館の左側にいたんだか、二階部分の右側には窓が付いていたのに、左側には付いてなかったんだ。……そうか、それか」
佐々木は納得したように頷く。
「では、とりあえず問題部分の部屋がある所を見に行きましょうか」
春日の提案に一同は揃って頷いた。
「なぁ……手離したら……駄目か?」
佐々木は照れくささを感じながら、頭をぽりぽりとかき、手を繋いでいる相手を見る。
春日は、その視線には答えず進行方向に目線を向けたまま「駄目です」と、短く答えた。
「でも、ほら昨日くれた、お守りも持っているぞ?」
佐々木は胸ポケットから、お守りの水晶玉を取り出し春日に見せる。
そんな佐々木に小さくため息を吐き出すと、春日は佐々木に振り返った。
「駄目です。そのお守りは、あくまでお守りなんです。絶対に安全とは言えません。ましてや、ここにはナニカが居てるんですよ? 少しでも安全性を高めるには、これが一番確実なんです」
「あらあら、佐々木さーん。我儘は駄目よ? どうしても付いていくと駄々こねたのは、誰だったかしらぁ?」
前方にいた左京は後ろを振り返り、にっこりとほほ笑みながら言った。
佐々木は言葉に詰まり、身体の底から深いため息を吐きだす。
頭をがしがしとかくと「俺だ」と、小さく呟いた。
館に調べに入るという春日達に、自分も付いていくと言ったのは佐々木自身だ。
ここまで来て、自分一人だけ残るのはどうしても嫌だった。
当然の如く、春日達は反対した訳だが、しつこく食い下がる佐々木に、条件を呑むのならと、しぶしぶ承諾してくれた。
そして、その条件が先程の遣り取りだ。
館の中では、この春日と手を繋ぐこと。
何が悲しくて、いい年こいたおっさんが、女子高校生と手を繋がなきゃならないんだ。
佐々木は、ガクリと肩を落とし、うな垂れる。
左京や小泉曰く、この三人の中で一番強いのが春日なのだそうだ。
何が基準で強いのかは、よく分からないのだが……春日の近くが一番安全だという事らしい。
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