◆死灰屠り(完/連) 第九話 ※ 左京は佐々木と角田に、小さな木箱から取り出した透明で丸い玉を手渡した。 佐々木は手渡された玉を人差し指と親指で摘み上げる。 玉はビー玉より一回りほど大きい。 「これは?」 「水晶玉よ。お守りみたいなものかしら」 「佐々木さん達は狙われる可能性が大きいですからね。護身用です。肌身離さず持っていて下さい」 右京は更に佐々木達に「いいですね?」と、念を押す。 佐々木達は右京に圧倒されたように、言われるがままに素直に頷いた。 右京曰く、これから事故死したという福山の息子を呼び出すのだと言う。 「こういうの‘降霊術’って、いうんですよね」 角田は、どこか緊張した面持ちで佐々木に囁いた。 「お前、こういうのに、やけに詳しいんだな」 佐々木は呆れた表情で角田を見た。 角田は照れたように「それほどでも」と、頭を掻く。 「誉めてねぇよ」 そういうと、佐々木は「禿げてしまえ」と、角田にいつものデコピンをお見舞いした。 「準備はいいか?」 右京は小泉の隣に立ち問い掛ける。 頷く小泉の前にはテーブルの上に一本の蝋燭が立てられ、さらに人型に切られた紙に亡くなった福山氏の息子の名前、生年月日等が書き込まれていた。 「いつでも始められます」 右京は頷くと左京に手を上げ合図を送る。 部屋の電気が消され、蝋燭の光だけが赤々と揺れる中、奇妙な緊張感が辺りを支配した。 角田は恐いのか、忙しなく周囲をきょろきょろとしながら、佐々木の背後に隠れている。 春日は佐々木達から少し離れた場所で、じっと小泉を見つめながら、ぽつりと呟いた。 「これで、現れてくれるといいんだけど……」 小泉は静かに目を閉じ、大きく息を吐き出すと、ゆっくりと天を仰ぐ。 四、五分経っただろうか、突然、春日が室内全体に視線を這わし始めた。 佐々木達もつられて辺りを見回す。 不意に蝋燭の光が大きく、激しく揺れだした。 ヒィッと、小さな悲鳴を上げ、角田は佐々木の背中にへばり付く。 普段なら、鬱陶しい!と、怒鳴り声の一つでも上げている所だが、今の佐々木の意識は、目前の光景へと注がれていた。 小泉の前に置かれた蝋燭の炎の動きは、まるで意志をもった一つの生き物のように大きく揺らめいている。 何かが――いるのか? 佐々木は、心音が、自身の耳につくぐらいに高鳴り、体に冷たい汗がじわりと出てくるのを感じた。 依然、蝋燭の火は大小に変動しながら縦横無尽に揺らめく。 小泉は閉じていた目蓋をゆっくり開けると口を開いた。 「右京さん、ダメです。気配が希薄過ぎて、存在はなんとか確認できるのですが」 「……そうか」 「それと、……うまく言えないのですが、妙な感じがするんです」 「妙な感じ?……ふむ」 右京は頷くと左京に電気を付けるように指示をだし、春日に視線を向けた。 「サエは、何か感じたか?」 春日は眉根を寄せて考え込むように腕を組む。 「私も要と同じよ。……ただ」 春日は言葉を切ると小泉に顔を向けた。 「存在が希薄、というよりも、こう、オブラートに包まれているような感じが、しなかった?」 小泉は春日の言葉に、はっとしたように頷く。 「ええ、そうです。しました。妙な感じがしたのは、それです。何かに妨害されているというわけではないんですが……」 存在は感じるのに薄布が巻かれているかのようで、みえない。 何かが妨害しているのかとも思ったが、それにしては何の反応もなかった。 今までの経験上、何かに妨害されたりした場合、少なからず、拒否反応やそれなりのリアクションがあったのだが…… 小泉が思案していると、佐々木が首を捻った。 「結局、福山の息子には話が聞けないという事なのか?」 「……ええ、そうです」 小泉は、なんとなく罰が悪そうな苦笑いを浮かべながら肯定した。 いわば今回の降霊は失敗だ。 この事件に福山が関係しているとは限らないが、手掛かりがない以上、福山に賭けてみるしかない。 とりあえず、息子の事故死の原因を探ろうと降霊術を試みたのだが、結果はこの有様。 残す所は…… 「と、いう事は偉いさん方に直接聞くしかないか」 佐々木は面倒臭そうに頭を掻いた。 福山のバックには権力者達がゴロゴロとついている。 相当な地位とコネがなければ、調べることは不可能に近いだろう。 正直なところ一介の刑事には手詰まりだ。 どうしたものかと考えていると、春日が静かに口を開いた。 「右京」 呼ばれた右京が春日をみやる。 春日は真っすぐ右京の眼をみながら言葉を紡いだ。 「福山の調査、頼めるかしら? どうやら事務所の調査班には、手に余るようだし……必要ならば私の名前を出してくれていいわ」 「……判った」 右京は微かに、ほほ笑み頷いた。 ※ [前へ][次へ] [戻る] |