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◆死灰屠り(完/連)
第八話




「調査結果が届きました」

小泉は、先程フロントで受け取ったファックス用紙を室内に据え置かれている丸いテーブルに並べる。

「やはり、三人目の行方不明者は四十二才。四人目は三十二才です」

「ほぼ決定してもよさそうね」

左京の言葉に右京も頷く。

「狙われているのは、三十代から四十代。――だが、性別は判定しにくいな」

「あぁ、リフォーム業者も警察関係も男ばかりだからな」

佐々木はそう言うと、短くなったタバコを灰皿に押しつける。

現在、佐々木達を含め真上探偵事務所の面々らは、宿泊中のホテルの一室に集まっていた。

今日は朝から日が暮れるまで館を調査していたが、これといって成果はあがらず、佐々木が感じたという視線も結局分からずじまいだった。

「あの館についての情報は?」

春日は部屋の窓際に背をあずけながら小泉に尋ねた。

すでに日は暮れ窓の外は漆黒の闇に覆われている。

室内が明るいため窓ガラスには部屋全体が写しだされていた。

「一応報告は、きていますが、……どうやら少々苦戦したみたいですよ」

「どういう事?」

春日は形の良い眉根をひそめる。

「へぇ、うちの調査班が苦戦するとは、随分と珍しいわねぇ」

そういうと、左京は小泉の手元にあるファックス用紙を覗き込んだ。

右京は腕を組ながら低く呟く。

「権力者がバックにいる。と、いうことか」

「権力者?」

佐々木は訝しげに右京へ視線を移した。

「ふーん、あの館の元々の所有者は福山利信(ふくやま としのぶ)ですって。二年前に売却したみたいよ」

「……福山。って、あの福山利信!?」

角田は突然、すっとんきょんな声で叫んだ。

そんな角田に佐々木は、呆けた顔で問い掛ける。

「なんだ? 角田の知り合いか?」

「なっ、何を言ってるんですか! 福山利信っていったら、国務大臣じゃないですか!! 警察全体のトップですよ!」

角田は身振り手振りを付けて力説した。

佐々木は、相変わらず騒がしい奴だと心の中で愚痴りながら、新しいタバコに火を付け記憶を掘り起こす。

―――そういえば確か、なんとかの会という所で一度、見たことがあるな。

細身で長身の五十歳に近い陰険な目付きをした男だ。

色々と黒い噂もちらほらと聞いた事がある。

まぁ、警部の自分にとっては、一生‘縁’は無いだろうが……

「で、なんでそんな雲上人の名前がでてくるんだ?」

佐々木の問いに小泉が答えた。

「公表されていませんが、三年ほど前、あの館で子供が亡くなっているようです」

「子供?……実子か?」

右京はゆっくり視線を小泉に移した。

小泉は一つ頷く。

「そのようです。当時五歳の男の子が亡くなっています」

「死因は?」

「……一応、事故死、ということになっているようです」

そう言うと、小泉はファックス用紙から春日に目線を移した。

春日は表情を動かす事なく、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「確か、警視庁長官や総監は国務大臣と大層仲が良いと……聞いたことがありますが?」

「……俺も聞いた事があるな」

佐々木は、自嘲めいた笑みを浮かべ、煙を吐き出した。

国務大臣は、国家公安委員長も兼ねている。

国家公安委員会というのは、警察全体の運営を管理している機関。

福山はそこのトップだ。

だが実際、実権は警視庁長官や警視総監が握っており、いわば国家公安委員長はただのお飾りなのだが、その地位はとても高い。

さらに福山という男は官僚を含め色んなところに顔が広いので有名で、ゆくゆく、天下りや政治屋を狙っている警視庁長官や総監にしてみたら福山と仲良くすることで、色々と特権が得られるのである。

そのためなら多少の便宜をはかってもおかしくはないだろう。

実際、そういう噂が出回っている。

「公表されていないという事は、揉み消したって……事ですか?」

角田は強張らせた表情で佐々木を見た。

佐々木は「さあな」と、言いながらタバコを揉み消す。

「しかし、よくそんな公表されていない情報まで調べられたな」

佐々木は悪戯っぽい眼差しで右京達を見た。

右京は、佐々木に、にっこりとほほ笑んだ。

「これでも、大手の探偵事務所ですからね。そこそこの情報網は持っているのですよ。――で、渡辺氏はその事を知った上で、あの館を購入したのか?」

右京は佐々木の視線をサラリと受け流し小泉達に問い掛ける。

「喰えない男だ」と、佐々木は溜め息混じりに一人ごちた。

「どうやら、知らなかったみたいね。不動産屋自体、知らされていなかったみたいよ」

左京は、ぱらぱらとファックス用紙を捲りながら素早く目を通す。

その隣で小泉は、悲しそうに眉間に皺を寄せる。

「五人の行方不明者をだした原因は、その男の子なんでしょうか……」

「この段階では、なんとも言えないわねぇ」

左京は微かに肩を落とし、苦笑いを浮かべる。

春日は、背中越しに彼らのやり取りを聞きながら、窓に移る自分の顔の更に奥を眺めていた。

そこには、光が一切届かない深淵のような暗闇が、どこまでも広がっている。

未だに、館に居る“ナニカ”と接触出来ていない。

最初の行方不明者が出てから、すでに九日が経っている。

生きて……いるのだろうか……

窓ガラスには、哀しげな表情の春日が映し出されていた。





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あきゅろす。
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