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◆死灰屠り(完/連)
第五話



春日は階段を下りると、素早くに辺りに目配りをする。

「どうかしたんですか?」

俺も春日につられて辺りに視線を移した。

「聞こえなかった? 音がしたのよ。この辺りだと思ったのだけど」

すると、俺達の背後で、人影が揺らめいた気配がした。

俺達は、ほぼ同時にそちらに振り向く。

「ここにいたのか」

のんびりした様子で声をかけてきたのは佐々木だった。

「佐々木さん」

俺は思わず、ため息を吐き出しそうになったのを慌てて堪える。

春日にいたっては露骨に呆れた表情を浮かべていた。

いつのまにか、先程の冷気や悪寒等は消え、室内もすっかり、もとの平穏な空気が流れている。

「まさか、お一人で館に入って来られたんですか?」

「ああ、おまえらが中々出てこねぇから、待ちくたびれてな」

思いもよらぬ佐々木の言葉に一瞬驚いたものの、じわじわと口元が緩んでいく。

「ご心配かけてすみません」

佐々木なりに俺達を心配して探しに来てくれた心意気が嬉しかったのだ。

春日は軽くため息を吐くと、黒曜石のような瞳で佐々木を見据える。

「もう決して一人で館には立ち入らないで下さいね」

その言葉に佐々木は明らかに気分を害した表情で「どういう事だ?」と、問うた。

春日は、ゆっくりと薄暗い周囲を見上げる。

「ここには確かに何かがいるようです。しかも結構、強い何かが、です。まだそれが人、五人をも消した奴だとは断言できませんが――もしそうだとすると、ヘタをすれば次は佐々木さんが狙われるかもしれません」

「俺が?」

佐々木は怪訝な顔で説明しろ、とでも言うように俺を見てくる。

俺は、そんな佐々木に苦笑いを浮かべ頷いた。

「そういう可能性があると言うことです。あれが、なんなのか判明していない間は迂闊に行動しないほうが賢明です。ちょっとした油断で、命を落とす事もあるんです。気を付けるにこした事はないんですよ」




佐々木は質素なホテルのロビーでソファーに体を預けながら昇りゆく煙を眺めていた。

山岡が消えた場面を繰り返し思い出す。

山岡は佐々木の同期で、飲みに行くとなると必ず顔を出す、酒好きで陽気な男だった。

つい最近、長年連れ添った彼女と婚約をして、来年の春には式を挙げる予定をしていた。

なのに――

あの時、消える直前まで、確かに山岡は自分の傍にいた。

「そろそろ戻りましょうか?」

そう提案したのは他ならぬ山岡だ。

それが、彼の最後の言葉に……

佐々木は頭を軽く振り、先程浮かんだ思考を飛ばした。

まだ、山岡が死んだとは限らない。

勿論、先に行方不明になった四人もだ。

死体を見た訳ではないのだ。

きっと、どこかで生きているに違いない。

――希望は、まだある。

だが、そう思いながらも、希望の光が今にも消えてしまいそうな不安が、佐々木の心によぎる。

「くそっ!」

佐々木は、乱暴にタバコを灰皿に押しつけると、座っていたソファーから立ち上がった。

それと同時に自動ドアが開く機械音がロビーに響く。

ホテルの入り口に目をやると、同じ顔をした男が二人、入ってくる所だった。

双子?こんな時間に客か?

自分の腕時計を見ると十一時をすでに回っている。

男達はフロントで従業員と何かを話すと直ぐにエレベーターに乗って行ってしまった。

この付近は、特別観光名所になるようなものはなく、近くに別荘地はあるものの年寄りばかりのガランとした町だ。

事件のあった洋館はこのホテルから車で十分ほどの場所にあり、洋館付近には泊まれるような施設が存在しない為、佐々木達を含め警察関係者、真上探偵社の二人もこのホテルに滞在している。

あの二人、どうも観光という雰囲気ではなかったように思える。

警察関係の人間だろうか?

とはいえ、見覚えのある顔でもないし、誰かが来るという話しも聞いていない――

刑事の性だろうか、一度気になると、調べてみなくては落ち着かない。

佐々木はフロントに行き、先程の二人と何を話したのか従業員に尋ねた。

「先程のお客さまなら、春日様のお部屋番号をお尋ねになられましたが……」

「春日?――あぁ、あの嬢ちゃんか」





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