◆死灰屠り(完/連)
第二話
※
佐々木は、車のボンネットに腰をかけ、短くなったタバコを地面に踏み躙りつけた。
足元には佐々木の苛立ちを表すかの如く、十数本のタバコの残骸が散らばっている。
それでも、佐々木の苛立ちは納まる気配も無く、再びタバコを吸おうと、タバコの箱を取り出す為、ボンネットに無造作に置いていたスーツの上着に手を伸ばした。
内ポケットを探り、箱を取り出すが、既に中身は空で、佐々木はそのまま、感情をぶつけるように握りつぶす。
タバコのストックを入れてある鞄を助手席から出そうとした時、角田がこちらに向って手を振り、スーツの上着を翻す勢いで走ってくるのが見えた。
「佐々木さん! 来ましたよ!」
佐々木は角田の言葉を聞くなり、急いで角田に駆け寄る。
「どこにいる!?」
「先程、すぐそこのカーブで、こちらへ向ってくる車が見えましたから、もうすぐ……あ、ほら」
屋敷の庭に敷き詰められた石のジャリジャリという音と共に、一台の白い車の姿が現れた。
車は、佐々木達の近くに静かに停止する。
そして、数秒も経たない内に、運転席からグレーのスーツ姿の青年が一人、降りてきた。
まだ若い、二十代前半だろうか、人懐っこい笑顔で頭を一つ下げると、こちらに近づいてくる。
「こんにちは。私、真上(まがみ)探偵社の者ですが、車はどちらに置かせていただければよろしいのでしょうか?」
佐々木は、随分と拍子抜けした気分だった。
上司からは拝み屋だか、霊能者だかの輩が来ると聞かされていたので、‘爺さんの坊主’や‘婆さんの巫女’みたいなのを想像していたからだ。
角田が青年に駐車場所を案内していると、助手席から少女が姿を現した。
紺のブレザーにチエック柄のスカート、紺のハイソックスにローファー。
学生鞄こそ持っていないが、おそらくどこかの学校の制服だというのが見て取れる。
あの青年の彼女だろうか。
―――だとしたら、なんて不真面目な会社なのだろう。
仕事とプライベートの分別もつかない輩に、自分は指示を仰がなければならないのだろうか。
佐々木は腹立たしい気持ちを押さえつつ少女を見た。
少女はこちらには一切、目もくれず洋館を眺めている。
その横顔は、美しいが、どこか造り物めいていて……
“得体が知れない”
それが、佐々木の少女への第一印象だった。
「改めて初めまして、本庁の警部補、角田と申します」
「……警部の佐々木だ」
角田は警察手帳を見せながら軽く頭を下げた。
青年は二枚の名刺を佐々木達に手渡しながら自己紹介を始める。
「真上探偵事務所の心霊担当をしています。小泉 要と申します」
小泉は少し離れた所で、未だ洋館を見上げている少女にちらりと目を向ける。
「彼女も同じ心霊担当の春日 彩季といいます。」
佐々木と角田は思わず顔を見合わせた。
「彼女、いくつだ? 見たところ学生のようだが?」
佐々木は率直に小泉に尋ねる。
小泉は苦笑いを浮かべながら「現在高校二年生の十六才です」と、答えた。
佐々木は唖然と立ち尽くす。
霊能者だか心霊だか知らないが、こんないかがわしい商売をしている探偵社があること自体が訝しい事なのにも関わらず、その社員に高校生が混じっているときた。
上司の命令とはいえ、この二人に協力を仰がねばならない事に、更に疑問の念が溢れてくる。
「状況を説明していただけますか?」
凛とした、涼やかな声が佐々木の耳に入ってきた。
初めてこちらに向けられた少女、春日の顔からは、喜怒哀楽が全て抜け出てしまったような、一切の表情が見て取れない。
見事なまでに端正な顔つきだが、やはり造り物めいて見える。
そう、まるで精巧な人形のようだ。
「凄い美少女ですねー」
角田は、能天気に目を輝かせ、佐々木に囁く。
佐々木は、禿げ始めた角田の額に、力いっぱいデコピンを放った。
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