◆死灰屠り(完/連) 第一話 ※ 車のガラスの向こうで、制服に包まれた学生達が、何やら楽しそうに顔を綻ばせ、通り過ぎていく。 自分自身も学生時代は、あんな風に気楽そうに笑っていたのだろうか。 俺は、郷愁に似た想いの中、車のハンドルに身を預けるようにして、待ち人を待っていた。 次々と車の横を過ぎ去る学生達をぼんやりと眺めていると、次第に学生達が、まばらになってくるが――未だ待ち人はやってこない。 もしかすると、行き違いにでもなってしまったのだろうか。 彼女の携帯電話に連絡を入れようと、スーツのポケットに手を入れた瞬間、コンコンと車の窓ガラスを叩く硬質な音が聞こえた。 ノック音がする方向に目を向けると、今まで待ちわびていた待ち人が顔を覗かせている。 俺は、身を乗り出し、助手席のドアに手を掛けた。 「今日はいつもより遅かったですね」 「うん、ホームルームが長引いてね……」 彼女は少し、すまなそうな顔をしながら、助手席へと乗り込む。 肩甲骨までのストレートの髪が彼女の仕草によって、さらさらと揺れる。 彼女がシートベルトを付けたのを確認し、ゆっくりと車を走らせ始めた。 彼女の名前は春日 彩季(かすが さえり)。 俺、小泉 要(こいずみ かなめ)の六歳年下の上司だ。 「で、今日の仕事って?」 丁度、春日の質問と同時に赤信号になったので、車を止め、その隙に後部座席からファイルを取出し春日に手渡す。 「今回は警視庁の方からの応援要請を受けまして、とりあえず‘現状が分からないから先に見に行ってきてほしい’と、右京さんからの言付けです」 「ふーん、要するに下見してこい、って事ね」 春日は読む気が無いのか、ファイルを素早くめくると、直ぐに閉じて後部座席に放り投げてしまった。 「ね、要。……私、現場まで寝ていてもいい?」 春日は微かにクマのできた眼で俺をちらりとみる。 無理も無い。 春日は昨日、朝方まで仕事に追われ、結局一睡もしないまま学校へ登校していたのだ。 もちろん、俺も同じように仕事をしていたが、昼過ぎまで仮眠をとっていたので、いささかマシだ。 とりあえず、今は移動中なので春日が起きていようが、寝ていようが、どちらであっても支障があるわけではない。 「構いませんよ。現場に着くまで休んでいて下さい」 よって、春日には快くおやすみいただく事にした。 三秒と経たない内に、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。 余程、疲れていたらしい。 春日の長い睫毛が寝息と共に上下に動く。 こうやって眠っていると、まるで、モデルのような端正な顔造りだと改めて思う。 優美な眉に、二重の大きな目。 長い睫毛に、筋の通った鼻。 赤く艶やかな小さすぎず大きすぎず、均整のとれた唇。 俺は産まれてこの方、こんなに綺麗な女性を見たことがなかったが、春日の顔は端正な顔立ち過ぎて、初めて出会ったときは、冷たい感じがしたものだ。 「あ、お目覚めですか?」 俺は助手席で身じろぐ春日の姿を目の端に捕え、声をかけた。 春日は、どこか、ぼんやりとした様子で周りを見渡し、俺に視線を移す。 「……どれぐらい寝ていたの?」 その問いに、俺は、ちらりと車に備えついてある時計を確認した。 「だいたい……三十分ぐらいです」 春日は「そう」と、少々寝ぼけた声で返事をして外の景色に目をやる。 辺りは濃い緑に囲まれ、現在二人が乗っている車が走っている道は、舗装されたアスファルトなどではなく、土の道。 轍が残っていなければ道なのかも怪しい獣道だ。 道は緩やかにカーブを描きながら森の奥へと続いている。 「現場はまだ先なの?」 春日は代わり映えのしない風景を眺めながら俺に問いかけた。 陽が傾き始めてきたのだろう、微かに赤い光が混じり出している。 「いえ、もうそろそろ到着するはずなのですが……あぁ、見えてきましたよ」 俺はハンドルから片手を外し、指を指し示す。 その方角には、まるで西洋のホラー映画にでもでてくるかのような古い洋館の一部が見て取れる。 洋館の周りにはグルリとコンクリートの高い壁が侵入者を拒むかのように聳え、鋭角に伸びる屋根の周りには黒いものが飛びかっていた。 「……なんだか“いかにも”って感じの館ね」 春日の言葉に、俺は存分に同意の意を込めて頷いたのは言うまでもない。 ※ [前へ][次へ] [戻る] |