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◆死灰屠り(完/連)
第十一話
◆◆


いつの間にか左京が運転する車は住宅街へとさしかかっていた。

街中とは違い、車の通りや、灯りが極端に減少する。

もうすぐ、例の事件があった場所に差し掛かるのだと思うと、服を着替えた筈なのに血の臭いが、まだ自分から臭ってくるような錯覚に陥ってしまいそうだ。

「やっぱり気になる?」

左京の問いかけは、自分の中に二通りの意味を成しており、どちらの事を言っているのだろうかと左京の横顔を伺うと、直ぐに判明した。

左京のいつになく真剣で、どこか悲し気な表情は、彼等が俺に隠している事柄を指し示している。

俺は視線を自分の手にやり、ゆっくりと考えを整理しながら口を開いた。

「気にならない。と、言ったら、やはり嘘になります。……でも、無理に聞こうとはおもいません。左京さん達が俺に話さないのは、それなりの理由があるからでしょうし、無理矢理立ち入っていいような話でもなさそうなので」

そして、なによりも、俺は心のどこかで、立ち入ってはいけないと思っているのだ。

それは、虫の知らせのような直感、言わば自分の身に危険だとシグナルを出す第六感的なモノ。

左京は「そう」と、小さく頷き、どこか遠い所を見るように目を細めた。

「はるか昔、ある森の麓で、狼の群れが、人や田畑、家畜を襲い、村人達はとても困っていました」

突然、話し始めた左京の口調は、いつになく淡々としており、表情にも何の色もみられない。

「そこに一人の男が通りかかり“私がなんとかしてやろう”と、狼達を首尾よく退治しました。村人達は大そう喜び男を村の“長”へと迎えました。“長”となった男の情けで、狼達の死骸を神社の境内へと埋め、供養しました。その様子を見ていた神社の神は男の行為を称え、その身に宿る神の力を男に分け与えました。以後、その男が納める村は、平和な日々を長きに渡り過ごしました」

「めでたしめでたし」と、締めくくった左京は、いつの間にかいつもの笑みを浮かべ、ハンドルをきる。

俺の気づかぬ間に、車は件の現場を通り過ぎ、真上の別館のアンティーク風な門を潜っていた。

砂砂利の上をタイヤが通り、石が奏でる音を聞きながら、左京を見上げる。

左京の話に出てきた狼。

どうしても其処から連想してしまうのは、春日と共にいる狼のような姿をした蒼焔と紅焔。

「その昔話は、もしかして……」

左京は車を停め、俺の言葉を遮るように微笑んだ。

「私達が幼い頃から聞かされていた昔話よ。子供騙しの……ね」

庭に取り付けられた白色の外灯が、仄かに車内にも入り込み、左京の憂いを帯びた瞳を照らし出していた。





闇夜の竹林に挟まれた、車が二台通りそうな幅の道を進み、開けた場所には、平屋の屋敷と社が灯篭の淡いオレンジ色の光で浮かび上がっていた。

平屋と社を繋ぐ回路の中央には、朱に塗られた階段が付いており、その上部で詩月が来訪者を待ち構えるように腰を下ろしている。

その様子に気付いた春日と右京は詩月のもとへと歩み寄った。

地面に敷かれた真っ白な玉砂利が、地を踏みしめる度に音が鳴る。

春日達が階段の下まで近付けば、薄暗い中でも互いの表情が、充分に視認出来た。

「疲れている所、呼び出して、すまなかったね」

詩月の澄んだ声が、春日達に投げかけられる。

春日が小さく左右に首を振るのを見て、詩月は微かに口元を緩めた。

「先刻、本日の件で、警視庁から協力要請が入った。事件の詳細は、コチラで受けた依頼書と共に後に書類を届ける。明日の早朝には別館に届けられるだろう。――で、例の方はどうだったんだい?」

詩月の視線を受け、右京が静かに口を開く。

「辰巳 裕子のパソコン及び携帯電話は、やはり一部のデーターが消去されていました。情報班の手練にも消去されたデーターの修復は不可能だそうです。三芳 加奈や他の二人の方には、不審な点は見つかりませんでした。やはり、辰巳 裕子が全てを握っていたと思われます。怪物の方も四郎さんが手を貸してくれていますが、今の時点では何も掴めていません」

「そうか……だが、これで一つ明らかになったようだね」

緩やかに腰を上げた詩月は、春日達を見下ろし一つ頷く。

「第三者は確実に存在する」


◆◆


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あきゅろす。
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