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◆死灰屠り(完/連)
第十話
◆◆


縁側に腰を掛けた詩月は、ゆるりと背を柱に預け空を見上げた。

遠く離れた街の明かりが紺色の空に反射し、淡い光が上空を覆いつくしている。

本来、輝いている筈の星の輝きが、すっかり人工的な光に負けてしまうようになったのは何時頃からだっただろうか。

「御身体のほうは、大事ございませんか?」

詩月は声の主を振り返り、困ったように微笑んだ。

白髪の混じった髪を後頭部へ結い上げ、浅黄色の着物を着た初老の女性は、瞳を不安げに揺らし、衣の音を微かに鳴らしながら詩月の隣へと正座した。

「何度も申しておりますが、限界が来る前に、次代の者へお譲りください。私は……御前の、あのような姿など、もう見とうございません」

目を伏せ、沈んだ表情で静かに紡ぎだされた言葉。

詩月は彼女が自分の身を案じているという事を嫌というほどに理解していた。

出来れば、彼女の心を軽く出来るような言葉を掛けて安心させてやりたいとも思う。

だが――

「もうしばらくは大丈夫だよ」

「ですが……」

言いよどむ彼女の心配する顔や声は、昔の彼女とは随分と変わってしまったが、詩月に対する気遣いや優しさは、時が流れても、なんら変わってはいない。

嬉しく思う反面、真実を告げられない罪悪感が、身を蝕み、痛みを伴う。

それでも、背負えるものは、全て背負うと決めたのだ。

死に損ないに出来る、たった一つのこと。

まだ、彼女に告げる時期ではない。

「私の身体は私が一番よく判っている。お前さんが口を出す事じゃないさ」

彼女は息を呑むように口を閉ざし、詩月を見上げた。

互いの視線が交じり合い、夏の匂いを含んだ風が、二人の間を通り抜ける。

「兄様は昔から頑固でしたけど、年を召されて更に磨きが掛かっておいでですわね」

彼女は、ため息混じりにそう言って、肩を落とした。

「そう言う、柚月(ゆづき)は、小言が増しているじゃないか」

「あら、そうかしら?」

薄闇の中でも、光を発しているように輝く白銀の髪が、さらりと揺れ、詩月の頬に掛かる。

柚月は、皺と節が目立つ指先で、その髪をよけ、微かに微笑んだ。

「お互いに、歳をとりましたわね」

「……そうだねぇ」

詩月は、微かに口元を緩め、静かに目を閉じた。





「着替え有難うございました」

「あらあら、それぐらいお安いご用よ。さ、帰りましょうか」

血まみれのスーツから、左京が持って着てくれた服に着替え、車に乗り込むこと五分。

左京が運転する車に揺られ、帰路につく道中、車内は本日三回目の気まずい沈黙……とは、ならず、俺はシートベルトを握り締め、危うく出そうな、絶叫を抑えるのに必死だった。

押さえきれず、何度か奇声を発したりしたかもしれないが、そんな事に構っている余裕がなかった。

「要君見て! あそこの店に飾ってるスカート! サエちゃんに似合いそうだと思わない!?」

「ちょ、左京さん、前! 前見てください! って、信号赤ですよ!? なんでアクセル踏むんですかぁー!!」

「ホッホッホ! 大丈夫よ! 横の信号が黄色くなったから、前方の信号は通る頃には青―!!」

「さ、左京さん! この先のカーブは急なんで、スピードを」

「上げていくわよー!!」

「ち、違っ!!」

――そう、左京の運転は危険だ。

スピード狂……なのだろうか?

余所見という有難くない特典も付いている。

よくよく考えてみれば、本部に移って、今の今まで、左京の運転する車には乗った事がなかった。

いつもは、俺か右京が運転していたのだ。

確か、左京が車を使用する時は、本人だけで出かけていたように記憶している。

シートベルトを掴み、左京の暴走に耐えていると、不意にスピードが落ちた。

前方の赤信号のお陰のようだ。

肩の力を抜くように、肺の底から息を吐く。

そんな俺の様子を見ていたらしい左京は「くくっ」と、咽喉もとで笑いを噛み締めていた。

「少しは気分、晴れたかしら?」

どうやら、左京なりに、俺を元気付けようとしてくれていたらしい。

だがコレは、元気付けるというよりも――

「……寿命が縮まった気分ですよ」


◆◆


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