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◆死灰屠り(完/連)
第九話
◆◆


「それにしても」と、翔は春日と俺を交互に見渡し、苦笑いを浮かべた。

「やっかいな事件に巻き込まれてしまいましたね。小泉君は、その……もう気分の方は大丈夫ですか?」

今の俺は実に呆けた表情をしていると思う。

何故それを?と、口を開きかけたが、翔が先にその疑問に答えてくれた。

「じつは、小泉君達が此処に来た時に気付いては……いたのですが、仕事もあったもので、その場では声を掛けなかったんですよ。あぁ、でも春日さんは俺に気付いていたようでしたね?」

問われた春日は、ゆっくりと頷き、翔を見上げた。

春日の閉じられていた艶やかな唇がうっすらと開く。

「遺体の解剖は、翔さんも立会ったのですか?」

「いえ、今日は別件の検案がありましたので、今回は立ち会っていないんですよ」

翔は、申し訳なさそうに小さく笑った。

「先生! 結城先生! お電話ですよ!」

建物の入り口近くの窓が開き、事務員らしき初老の男性が、声を張り上げている。

「判りました! 直ぐに戻ります!」

男性に負けじと、大声で返事をした翔は、俺達に向き直ると軽く頭を下げた。

「すいません、呼ばれてしまったので、俺はこの辺で。恐らく近い内に会う事になると思います。では、また」

そう言うと、翔は、急くように早足で院内へと戻っていった。

眉根を寄せて、翔の背中を見送る右京の肩に左京の片腕がのっかる。

「どうやら、警察からも要請がくるみたいね」

「そのようだな」

右京は疲れたように溜息を吐き出し、眉間を指で揉む。

「警察から? ……どういうことです?」

一人状況が判らない俺に春日がポツリと言葉を漏らした。

「翔さん、さっき、また会う事になるって言ってた」

「ええ、そうですね」

「それに、解剖……今回は立ち会ってないって。今回はって事は、他にも似たような事件があったんじゃないかしら」

「……ああ、成る程」

俺達が一般的な探偵ではなく、不可思議なモノを捜査する探偵だという事は、翔には既に認識されている。

それを踏まえた上での発言だとすれば、以前にも今回の事件と似たような事件があり、以前同様、今回も普通では考えられない事件という事を示唆していると、春日は言っているのだろう。

確かにあの現場は異様な光景だった。

血塗られた車内。

車内を真っ赤に染めたのは一人の男性。

流れ出る生命の源を押し止めようとするかの様に、首もとを手で覆いながら絶命していた。

そういえば、命を落とす原因となったあの傷は――どうやって出来たものだったのだろうか。

彼は衣服を身に着けられたままだったのだ。

上着は着ていなかったものの、ワイシャツは第一ボタンから閉じられていて、ネクタイに緩みもみられなかった。

ネクタイもワイシャツも俺が抜き取り、ボタンを引きちぎったのだから、それは確かだ。

そんな衣服に……傷一つ付いていなかった。

つまり、あの深い裂傷は衣服を裂くことなく、付けられということになる。

翔が、また会う事になるという根拠もこの辺りにあるのかもしれない。

例え、犯人が同車していた同僚の二人だったとしても、あの状況を作り出すのは難しいだろう。

あれ程の出血量だ。

恐らく首もとの傷は頚動脈まで達していたのではないだろうか。

そうだとすれば、傷つけられて、数秒、長くても数十秒もすれば出血多量で死亡してしまう。

俺が亡くなった彼を見た時、まだ血は溢れるように流れていた。

と、いう事は、首もとから腰元まで致命傷になるような大きな傷を負わせ、再び服を着せ、それぞれ運転席と助手席から外に飛び出すと、いう行動を数秒の間に行わければならない。

素人判断だが、それは……不可能のように思える。

「要、今日は疲れただろう。戻ってゆっくり休んでくれ」

「あ、はい」

「左京、要を頼んだぞ」

「了解。二人とも気をつけてね」

軽く手を振る左京に、右京と春日はそれぞれ頷き、車へと乗り込む。

二人が乗り込んだ白色の高級車は、此処に来る時に、右京が乗ってきた車なのだろう。

普段の仕事でも、右京が使用している車だ。

短くクラクションが鳴らされ、車はその場から走り出した。

「あの二人は、何処に行かれるんですか?」

なんとなく、行き先は予想がついているのだが、それでも確認の為に左京に質問する。

左京は、瞬きを三回分沈黙した後、俺の予想通りの答えを口にした。

「御前の所よ」


◆◆


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あきゅろす。
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