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◆死灰屠り(完/連)
第八話
◆◆


通路の奥で誰かが話をしているらしく、廊下の壁を伝い声が時折聞こえるのだが、自分の高鳴る心音の所為で、内容は全く聞き取れなかった。

佐々木の射るような眼差しが、俺の目を貫き、まるで心の底を覗こうとしているようだ。

「ちょっと、佐々木さん。そんな風に睨んだりしちゃ駄目ですよ。小泉君が怖がっているじゃないですか」

角田は、眉を八の字にしながら、佐々木の腕を肘で突いた。

疑われているのかと不安に思ったのが顔に出ていたのだろうか。

気遣うように、角田が「どうもすいません」と、俺に頭を下げてくる。

「あ……いえ、お気になさらず」

角田の腰の低さも、相変わらずのようで、以前同様、変わらず佐々木のフォローをしながら仕事をしているのだろう。

角田に注意された佐々木は俺から視線を外し、不機嫌そうに角田を見下ろすが、何も言わず腕を組むと黙り込んでしまった。

その様子を見て、角田は小さな溜息を一つ吐き出すと、再び俺達と向かい合うように顔を上げる。

「先程、佐々木が聞いた事は、ただの確認ですので、気になさらないで下さい。亡くなった方の同僚からも同じ証言を聞いておりますし……それに小泉君が、人を傷つけたりするような人間ではない事は、よく判っていますからね」

「は?」

「僕、これでも人を見る目だけはあるんですよ」

優しい表情を、より一層穏やかにして、角田は微笑んだ。

“力”のある人間が、“力”の無い人間に理不尽な疑念を抱かれる事は少なく無い。

“力”を持つ人間の心一つで、誰かを傷つける事が出来るのは紛れも無い事実であり、それが故に畏怖される。

いつ何時、牙を剥かれるか判らないのだから、不信に思うのも無理は無いだろう。

だが、それでも角田は、俺を信用していると言ってくれている。

それは――とても幸せな事だ。

「有難う……ございます」

温かな気持ちが、心に染み渡っていく。

ああ、俺はまだ、大丈夫だ。

この仕事をやっていける。

自分の中にあるこの“力”を受け入れて、いられるのだから。





事情聴取と、いくつかの質問に答え終わり、建物の外に出ると、日中の照りつける様な太陽は、すっかりその勢いを消し、山の麓へ身を隠そうとしていた。

それでもまだ、昼間の名残の生暖かい風に、夏だという事を否応無しに再確認させられる。

「あ、やっと出てきたわね。もう、待ちくたびれちゃったわよー」

監察医務院から出て直ぐ横の駐車スペースで、車に寄りかかり立っているのは、本日別行動だった左京だ。

ヒラヒラと手を振る左京の隣に、白衣を着た男性が一人。

「……もしかして、翔さん?」

俺の呼びかけに答えるように、男性は俺達の方へと身体を向けた。

「そうですよ。覚えてて、くださったんですね」

下がった目尻を更に下げて笑う翔は、父親でもある結城 駿にとても良く似ている。

結城氏は、農村で医者兼監察医の仕事をしており、真上探偵社の仕事関連で、長期休暇で帰省していた息子の翔、共々面識を持ったのだ。

確か翔も、結城氏と同じ監察医の仕事をしていたと記憶している。

「翔さんね、ここで働いているんですって」

「えっ、そうなんですか!?」

「私もさっき会ったとき驚いたわよ」

結城氏とは違い、農村ではなく街で勤めていると聞いてはいたが、まさかその街がここだったとは……。

「その節は、父がお世話になりました。父も真上の皆さんに感謝してましたし……俺も感謝しています」

翔にとって生まれ育った故郷に突如として降りかかった、不可思議な事件。

蓋を開けば、幼い欲望や嫉妬が原因の――なんとも後味の悪い事件だった。

「いえ、世話になったのは、我々の方ですよ」

「そうそう、結城先生には随分と迷惑かけちゃって。結城先生は、お元気?」

「ええ、元気ですよ。あれから、毎日のように四郎さんの家に押しかけているみたいですし……父もあれで、四郎さんを慕っているんですよね」

右京と左京の問いかけに、翔は、何処と無く恥ずかしそうに笑った。


◆◆


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あきゅろす。
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