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LONG
特別 2



■特別 2




最悪だ…


ホームルーム直前、
俺は黒板の前で渋い顔をしていた。

「何で俺まで…」

俺の横には、
同じく渋面を浮かべた谷口。

「お前が選ばれてなかったら、
誰も選ばれるはずないだろ」

そういう俺も、
人のことは言えないが、


ホームルームの前に
黒板に張り出されたのは、化学の補習に引っ掛かった生徒。

谷口の名前がそこに載っているのは
見ずともわかっていたが、
俺まで引っ掛かっていたとは…

まぁ正直、
今回はやばいかな
なんて思ってたんだ。

試験の点数も
直視出来ないような数字だったし。



化学担当は、古泉先生。

俺の…好きな、人。

古泉先生が好きなら、
その教科くらい頑張れよ
と言われそうだが、
仕方ない。

俺はもう中学の頃に、
理系の道は捨てたのだ。

そのせいで、
俺の理系科目の出来は壊滅的。

そしてその割に
文系の成績もさして良くないというのが問題だ。

まぁつまり、
俺は勉強が出来ないのだ。


以上、言い訳終了。



というわけで、
俺と谷口、その他勉強の出来ない悲しい奴ら3.4人は
放課後の化学室へと向かうこととなった。




「さようならー」

鬼みたいな量の課題を終わらせた奴らが
どんどん化学室から出て行く。

同じ馬鹿のはずなのに、
まわりより全然課題が進んでいない自分が恨めしい。

成績が悪いだけで、
なんでこんな罰を受けなくてはならんのか…

そんな鬼の課題を出した主は、
天使のような微笑みを浮かべて

帰って行く生徒達に

気をつけて帰って下さい、
なんて言っている。


結局、
化学室に最後まで残ってしまったのは俺だった。

「…すいません…」

俺が終わらないと
先生だって帰れない。
俺の監督なんてさっさと終わらせて帰りたいはずだ。

「何がですか?」

「いや、俺が遅いせいで、
…すいません、先生が帰れないですし」

「あなたのせいではありませんよ、気にしないで下さい。
それに、あなたは遅くないですから、大丈夫です」

うわ、慰められた…

遅くないって、
断トツで解くスピードが
まわりより遅すぎる。

みんなが帰って
もう20分ほど経ったのに、
まだ4ページ近く残っている。

俺の申し訳ない顔に気が付いたのか、
古泉先生は

「本当ですよ。
その証拠に…見て下さい」

そう言って
俺に手渡したのは、

ホッチキスで留められた
束のようなプリント。
俺が今やっているのと、
同じものだ。

一番前のプリントに書いてある名前を見ると…
谷口の、か?

「これが何ですか?」

「中を見て下さい」

なか?

先生の言う通りにプリントを何枚かめくると…

「っ、あいつ…」

「他の人もですよ。
真面目にやっているのは、
あなただけです」

そう、提出された谷口のプリントは、
前後は解いているものの、
綴じられた真ん中あたりのプリントは全く白紙だったのだ。

先生が見せてくる
他の奴らのプリントも、
空白だらけだったり…

なんだ、これ…
真面目にやってる俺が、
何か馬鹿みたいじゃねーか。

「もともと、多過ぎるということはわかっていましたから、
きっとこうなるのではと
思っていました。
逆に、真面目にやる生徒がいるなんて
思いませんでしたよ」

なんか…
俺がマヌケで要領が悪いと
遠回しに言われた気分だ。

俺の気持ちを察したのか、
先生はニコリと笑った。

「良い意味で、ですよ。
今回サボった生徒には、プラスで課題を出すつもりです」

この人…
人畜無害そうな顔して、
ただの鬼だ…



…ってか、俺、今…

古泉先生と二人きりじゃん!!

課題を前にして
すっかり忘れていた…

やばい、どうすれば良い…?
意識してしまと、心臓がバクバクとうるさく響く。

「どうしました?
手が止まっていますが。
わからないところがあるなら、
教えますよ。
どこですか?」

急に硬直し始めた俺を見て
わからなくなったと思ったのか

先生が教卓から俺の隣に移動してきた。

「あぁ、そこなら、
この公式を使って…」

先生の長い指が、横に広げた俺の参考書に触れる。

あ、古泉先生に触られた参考書になるな…

って俺!!
なに乙女みたいなこと言ってんだ、気持ち悪すぎる!!

「…聞いてます?」

「…っえ?
あ、す…すいません」

先生の手にみとれて、
全く聞いてなかった。

小さい頃はずっと隣にいたくせに、
何これくらいで緊張してんだ…

「具合が悪いんですか?
熱でもあるんじゃ…」

近付いてくる心配そうな顔と、
大きな手の平に、
思わず後ずさる。

「だ、大丈夫っ、です!!」

「大丈夫そうに見えませんが…
お顔が赤いですよ」

そりゃそうだろう。

古泉先生と――好きな人と、
こんな近くにいるんだ。
赤面くらいしたって仕方ない。

「今日はもう、
帰りましょうか?」

「え、でも俺まだ…
課題、終わってないですから」

「いいですよ、
他の人もやってませんし。
やろうとした、
というところが重要です。
いいじゃないですか、」

なんだか、
教師にあるまじきことを言っている気がするが…

古泉先生らしいと言えば、
古泉先生らしい。

「じゃあ、お言葉に甘えて。
ありがとうございます」

俺だって、早く帰りたい。

先生と一緒にいたいという気持ちもあるが…

情けない、
それよりも俺は緊張していた。
先生と、この至近距離にいることに。


さようなら、
と言って
早々に化学室から立ち去ろうとすると、
先生に腕を掴まれた。

「なっ、なんですか…」

「僕ももう帰ります。
車ですので、
一緒に帰りましょう」

一緒にって、
一緒にってつまり…

車に乗せてもらうということなのか…?

「いや、いいです。
そんなご迷惑かけられないですし、」

「迷惑だなんて、
とんでもないですよ。
それに家は隣じゃないですか、
普段と変わりありません」

いえいえいえ、
俺の心臓が保ちません。

なんて言えるはずもなく…

これ以上断るのは、
大人げないかもな…
大人じゃないが。

「じゃあ、お願いします…」

顔に浮かべた柔らかい笑みとは裏腹な
腕を掴まれる力の強さに負け、

俺は古泉先生の車に乗ることにした。


一度職員室に戻るから
先に職員出口に回っておいてくれと残し、
先生は早足で廊下を歩いて行った。


古泉先生の、車……

っ俺、落ち着け!!
ただ帰りついでに送ってもらうだけだろ!!

自分のやけに乙女な発想が恥ずかしくて、
俺も先生にならって
早足で下駄箱に向かった。



――――

乙女なキョン。









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あきゅろす。
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