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Uターン
甘い物が食べたい

「あなたをあげると言ったら彼は簡単に私に付いてきたわ。操る必要なんてなかったのね。本人の意思でないと意味がないもの。大きな組織でも、上の人間を数人仲間につければ組織は全部ついてくるのよ。ついてこなければ首が落ちるもの」

無駄だと分かっているはずだが、体が言う事をきかない。敵意を剥き出しにして怒鳴っても睨んでも逃げようとしても、ロバートはオレを勝ち誇ったような顔で見下ろしていた。拘束されている相手に怯む馬鹿なんてニワトリくらいだ。恐怖が血管をめぐって身体中を満たしていく。いやだ、何もしないでくれ、声にならない思いが伝わるはずもなく、背を父さんの椅子にぶつける。この椅子の上で死ぬのか、オレは。父さんが見ていたらどう思うだろう。
「こんな時が来るなんて、夢のようです……」
首に手を回され、ぞわりと鳥肌が立った。まばたきをすると急に力が入ってくる。怖くて自由な足も動かない。
「ぁ……あっぐ……、ぐっぇ……」
空気を求めて死にかけの魚みたいにぱくぱくと口が動く。少し首への力が緩んで思わず涙目になって短いタイミングで息を吸った。
それを見てか顔が近づく。近くで見れば意外となかなか整った顔立ちをしていた。口の中に舌が入ろうとして、必死で押しのけようとすると首の力が再び強くなる。怯んだ瞬間に無理やり入りこんできた。足が動いたので震える筋肉を抑えて思いきり腹を蹴飛ばしたはずが、ロバートは眉を動かしただけで何も変わりやしない。呼吸が足りなくて、目の前が電気が走ったようにチカチカする。舌をなめる動きが、まるで寄生虫が腸で蠢いているみたいで指が震えた。呼吸困難で殺されてしまうのではないかと思った瞬間、急に楽になった。手と顔が離れ、またオレを見下ろしている。手足から力を抜き、力無く椅子に体が落ちた。
ダメだ。拘束の有無を無しにしても、震えるので精一杯で動けない。グレンから派手な飾りのついたナイフを手渡され、ロバートは首に刃を向けた。
「い……ぁ……」
やめてくれと、恐ろしいと伝えるために声を出そうとするが、震える顎を動かしながら震える喉を鳴らすのは難しくて、上手に発音できない。なんてオレは情けないのだと思った瞬間に、下から笑い声が聞こえてくる。下品で、胸が苦しくなるような笑い方。
風が切ったようにナイフが動いて、頬に赤い線が走るのを感じた。つつつと顎から垂れてきて、服に赤い染みを作る。
「抵抗するな。暴れればこいつで指を一本ずつ落としていくぞ。大人しくしていれば優しくしてやると言っているんだ、分かるな」
高圧的なくちびる。こんな姿、今まで見たことがなかった。蛇に睨まれた蛙みたいに、黙って微かに頷くぐらいしかできなかった。オレの見ていない間、あの第二棟では同じような姿を見せていたのだろうか。
「帝国の教育はどうなってるんだ? まさか、この程度だと言うのか。情けない。ねえ、アシュレイ様」
馬鹿にしたようなグレンの声が聞こえるが、グレンのほうを見ようとは思えなかった。こちらを、ロバートが睨んでいる。それから少し喉を鳴らしてナイフを椅子の肘置きに突き立てた。
もちろん敵からの拷問に耐える、その訓練は受けていた。しかし仲間からの拷問に耐える訓練は受けていないんだ。ぐちゃぐちゃの頭で言い訳だけがするりと思い浮かぶ、自己嫌悪。
さっきの高圧的な態度とは裏腹に、丁寧な手つきでズボンと下着を脱がされたけれど特になにもしなかったし、言わなかった。全身を巡る恐怖が恥ずかしさよりずっと大きくて、ぼんやりと、ああ、オレはあいつらのようになるんだなあと思った。かわいそうなソリエ兵たち、オレも今日から仲間入り。ただ違うのは、あのソリエ兵のように身動きが取れないままずっと放置されるのではなく、すぐに殺されてしまうだろうという事か。それを自分の中で整理してやっときちんと理解した。その瞬間全てがどうでもよくなって、今にも涙が溢れてきそうだった目がからりと乾いた。怖いという気持ちも一緒にどこかへ飛んでいってしまった。『さっさと殺せよ』と目で訴えかける。
するとアシュレイの気配がふっと出てきた。
「ねえ、面白くないわ、ロバート」
それを聞いてすぐ、視界が暗くなる。
「いっ!?」
頭蓋骨が震える。ビリビリとした強い痛み。聞いた事のない音が耳を突き抜けていった。
「どうです」
「……」
何回も、何回も、同じ衝撃。目の前が赤くなって鉄の臭いがしてきた頃に、『なにか反応をしないといけない』と、そうでなければじわじわと殴り殺されると思った。
また殴ろうと手を丸めるロバートにやめてくれと言うと、力を入れていただろう手を解いた。
「やっぱり、少しくらい過激なほうがいいのよ。なんでもね」
「……ああ、いい事を思いつきました。きっとお好きですよ」
肘置きのナイフを引き抜き、オレの人差し指をキャンディでも舐めるみたいに触る。
ゴリゴリという嫌な音。人差し指が勝手にぴくりと動いた。
「あ、が、っ……ぁ!」
悲しいとか感情が支配する涙じゃなく、痛みに反応して乾いた目が急に水を溢れさせた。
何か口をきかなければ殴られるし、きけば抵抗と見なされ指を落とされるのか。ひとおもいに、やるならサックリとやって欲しいのにじわじわと皮と筋肉をほどいてゆく。まるで、オレのやり方とそっくりだ。体の先でこんなに痛いのに、真ん中を切られたらどれだけ痛むのだろうか。
痛むのは痛むが、我慢ができないほどの痛みではなかった。他の場所に力を入れて気を紛らわしていれば耐えられる程度の痛みだ。
痛みに慣れた頃に、ぽとりと肉が落ちる。指の根元からまるまる落ちた、のだろう。手は後ろにあるから確認は出来ない。実際に見ればショックがあるだろうから、この時ばかりは拘束に感謝をした。
「で、どうするの?」
「これは、後に使います」
「ふうん……」
ぽたぽたと血が落ちる感覚が少しこそばゆく、手を振ると一気に沢山の血が落ちて頭がくらりとした。殴られたせいもあるだろう。
グレンが持ってきた透明な小瓶を奪い取り、乱暴にコルクを抜き、オレの足の間に全てこぼしてしまった。男同士のそれについてはよく知らない。だいぶロバートは焦っているようで、コルクを抜くのにも時間がかかっていた。こぼしたドロリとした液体を指にまとわせ、口にねじ込んで鋭く『飲め』と言った。黙って指を吸ってやると満足げに微笑んだ。
その様子を見ていたグレンが指を差し顔を緩めた。
「ねえ、ご覧になりましたか、アシュレイ様。アトキンソンの血にはプライドのプの字も流れていないのでしょうか。父も兄も、死ぬと分かっていると言うのに……。あのフランシスの媚びる様子、卑しい売女のようですよ。奴は媚びれば助かるとでも思っているのでしょうか。ま、このほうがより哀れで面白いんですが……。あんな人間の率いる部隊に沢山の兵が死んだなんて……、情けない事です」
「エエ、でも帝国の兵を沢山吸収できたから。次の戦はきっと苦戦しないわ。暮らしやすい国を目指しすぎて、教育が不十分だったのよ。あの者は指揮官として優秀だった事もあるだろうし、兵もきっと指揮官を信頼していたんでしょうね。そうでなければここまで追い詰められなかったでしょう。ソリエ人は指揮官を見ないから。神ばかりをを、王ばかりをを見るからいけないのよ」
ゆっくりと腸にロバートの指が入る。痛みを予想して身構えたが、そこまで痛くはなく、さっき零したドロドロの液体のせいかスムーズに奥まで入りこんだ。
「反省点も見つかりましたし、いい人材も手に入った。今回はなかなかいい終わりを迎えられたのではないですか」
「そうね。でも沢山の国民の復活に私の体は耐えられるかしら」
落とされた指が不意に突っ込まれ、顔を歪めた。先からはまだ真っ赤な血がほたほたと落ちている。必死で声をこらえた。意味はないけれど、何故か出したら負けな気がして、声をかみ殺した。
「まぁ」
「もう一本、いきましょうか」
ヒュッと風を切って、反対の人差し指が落ちる。苦しむ間も無く、赤い線が空気に舞った。
「……っ、ぐ……」
二本目の指の侵入に、足の指が引きつる。さすがに少し痛くて、眉を歪めた。体が火照って、ぼーっとする。『やるんならさっさとやってほしい』と思う。アシュレイの冷たい視線に気づいて、胸が苦しいのだ。オレはアシュレイが本気で好きだったらしい。好きな女の前で裸に剥かれて足を開かされているというのは、今まで生きてきてこれ以上恥ずかしい事なんてなかった。
「どうです」
「なかなかおもしろいわ」
面白くなさそうに、面白いと言う。アシュレイが寄ってきて落とされた指を動かすと、不覚にも体が反応してしまい、ぴくりと跳ねてとろけたような声が出た。アシュレイと目があってますます体が熱くなるのを感じる。零した液体をすくって、鈍く光り重力に素直に従うそれをまじまじと見続けていた。
「これのせいかしら」
首をかしげ、臭いを嗅ぎ、またかしげて髪が揺れる。肌にさらさらと髪が当たって、こしょばゆくて体をくねらせた。
「それのせいでもあります。でも、私が一カ月地道に慣らしていなければここまで効きはしなかったでしょうね」
「ロバートは、一カ月間ずうっとフランシスにつきっきりだったものね」
「ええ。でも苦ではありませんでした。私はこの瞬間の為にこれまで生きて来たと言っても過言ではないでしょう」
ロバートの骨っぽくて長い指がオレの二本の指を押しのけてで入り、中の肉の壁をひっかくと、またさっきアシュレイに触られた時のように、前より激しくなる。目がとろんとしているのが自分で分かって、自分に対しての苛立ちが砂のように積もってゆく。



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