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Uターン
いないほうがよかった

真っ白い棺の中に、真っ白い花に埋もれた兄が居た。安らかな顔で眠っているが、手足の先はない。見つからなかったのだとチャールズ兄さんは言った。
白い頬をつねった。堅くて、冷たくて、石膏のよう。つねった後を優しく撫でた。オレは、兄さんの事が嫌いだったのだろうか。お揃いの黒い髪を花の中に散らしている姿は絵の中の世界に来たように綺麗だった。父さんがちょいと合図すると、木の後ろから五人ほどの男がやってきた。クリスの棺を閉め、あらかじめ掘ってあったらしい穴に落とし、すばやく埋めていく。上に名前の掘ってある岩を乗せると、男たちは父さんから金を受け取り去っていった。皆で手を合わせ、地の中のクリスを見つめる。
「……どうしても、皆でやりたかった。私達家族の中でクリスの存在は大きいものだったからな。忙しいのに私のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう……」
「きっと、クリスも喜んでいますよ」
チャールズ兄さんがそう言いながら、棺の中に入れた花と同じ白い花を岩のそばに置いた。
それを見届けると父さんはクリスの墓を背に、歩き出す。
「これから、どうする。しばらく会っていなかったんだ、時間が許す限りゆっくりしたらどうだ」
「私はもうソリエの基地へ戻ります。どうもやつら、私が居ないと好き勝手やっているようでして」
チャールズ兄さんはそう言い手を振りながら父さんと反対側、正門へと歩き出した。沢山の花や木が植えている庭を、親子三人で並んで歩く。木の根を枕にして眠るネコ。ああいうのを絞め殺してやるとクリス兄さんは見つけてすぐ墓を作ってやっていた。もう、ネコは嫌いじゃない。ネコを嫌いになる理由がなくなったからだ。だからと言って飼おうなんてかけらも思わないけれど。
「レナードとフランシスは、どうする」
「私は三日程残ります。久しぶりに沢山休みを貰えたので」
「お、おれは……、……」
喉で言葉がつっかえて、出てこない。脳が今は話をするどころではないのだと激しく抵抗している。
「……二人とも、少し休んできたらどうだ」
「はい。私がフランシスを部屋に連れて行きます。後ほど……、フランシスが落ち着いたころに戻ります」
「ああ」
父さんの姿が見えなくなった頃、反対へと歩き出す。涙が止まった頃には、ハンナの姿が見えてきた。
「客が居るんだろう、私にも紹介してくれないか」
「う、うん」
ゆっくりとハンナがお辞儀をし、横にどく。扉を開けるとぼうっと窓の向こうを見ていたらしいアシュレイが居た。部屋に吹き付ける風で、長い髪が木の葉のように揺れていた。
「やっと来た」
「長引いたな、待たせてすまない」
「あ……、いいの、お話してたから。さっき出てっちゃったんだけどね、お姉さんがおいしい紅茶をくれたのよ。ケーキもすっごくおいしかった。ところで、後ろの方はどなた?」
アシュレイは開けていた大きめの窓を閉め、白いソファーに腰を下ろした。窓に風がぶつかって、耳障りな音を立てる。
「オレの、兄貴」
「兄貴?」
レナード兄さんが眉を上げ、首を傾げる。向こうでは兄貴なんて言って強がっていたけど、家では兄さん、だ。うっかりしていた、ばかにされるだろうか。
「……兄さん。レナード兄さん」
「へえ、お兄さんなの。ほんと、言われてみれば顔つきが似てるわ。私、アシュレイっていうの。よろしくね、お兄さん」
追いかけるようにして兄さんがアシュレイの向かいのソファーに座り、すぐに隣に座った。
「アシュレイさんはフランシスとどういう関係で?」
少し笑みを浮かべながら、兄さんは足を組む。顔から火が出そう、なんてものじゃない。顔が大火事! それくらい血が熱くなるのを感じた。
「私、逃げてたの。お母さまが逃げなさいって私を外に出したの。だから、ひとりだけ人をつけて、逃げてたわ。結構逃げられたんだけど、怖い男の人に捕まえられて、機関車に詰められたの。そこをね、助けてもらった。このままだったら私、過労死か餓死だったでしょうね」
「何か……、たとえばソリエ人を庇うなんてしましたか。それとも……」
「庇う? 私、ソリエ人よ。ついこの間までソリエから出た事なかったもの。ソリエ生まれソリエ育ちのれっきとしたソリエ人。お父さまが誇りを持ちなさいと仰っていたわ。たとえソリエがどんな状況でもソリエは私のふるさとだもの。何もできないでどんどんソリエが無くなっていくのは寂しいけれど、きっとそういう運命だったんだわ。ソリエ人が全員死ぬまで、ソリエという国は消えないの。地図からソリエが消えても、ソリエ人の心の中にはソリエが存在するから」
思わず、視線を下にずらした。真っ黒いブーツが明かりに照らされてにぶく光っている。
「フランシス……」
呆れたような声、実際に見なくても顔を横に振っているレナード兄さんが頭に写る。
「よく、考えなさい。お前がどんな女性を気に入るかなんて自由だがね、もし、この仲を公の場に出そうと思うなら、ソリエ人だという事は秘密にしておくんだ。彼女は幸いソリエ人らしくない見た目をしているんだ。隠し通せる。……私でよかったな、父上に言ってしまったらどうなっていたか。アシュレイさんも、そう。これからこの国で生きて行こうと思うなら、ソリエの事は胸の中に閉まっておくんだ。この国ではたとえ冗談でもソリエ人だと名乗れば迫害される……、辛い思いをしたくなければ、もう二度と言ってはいけないよ」
「今は、そうかもしれない。でも未来の事なんて誰も分からないでしょう。たとえ絶望的な確率でも、一週間後、もしかしたらソリエのほうが有利になっているかもしれないし、いつかソリエという国が復活するかもしれない。過去に何度も危険な目にあってソリエがソリエじゃなくなった事もあったけど、こうして今ソリエはあるんだもの。そう考えるのはソリエ国民として当たり前の事だと思うわ」
兄さんはそれを聞いて笑みを浮かべる。馬鹿にするようなものではなく、関心するような。子供がなにかよい事をしてそれを誉めるような笑みだった。
「フランシス、私はこんな女性とは初めて話をしたよ。しっかり気を持った、いい女性だ。大切にしてやりなさい、応援しているよ」
肩をトンと叩く。
顔を手で押さえつけた。たった少しの衝撃なのに、顔から目玉が押し出されそうだった。
――これは嘘だ!
これは人間でいる限り逃げ切る事が出来ない馬鹿な妄想。
兄さんがこれまでこんなに優しくしてくれた事があったか? クリス兄さんが死んだ、とはいえ急に変わるのは気持ちが悪くおかしい。話す事すら、目を合わせる事すら避けていたのに? 何が悪いのか。理由も分からずずっとひとりにされた幼少期を絶対に忘れたりするものか。同じ腹から生まれた兄と弟、差はたったそれだけのはずなのに。
吐き気が肺を押さえて出てこようとする。気管がひりひり痛む。
「おい、大丈夫か? 具合が悪いなら早く言えばよかったのに。少し横になりなさい、ほら」
その瞬間に指の隙間から見えた白い女の顔は何の表情も浮かべず、ただただこちらを見続けていた。

『あなたはとてもかわいそう。酷い仕打ちを受けて自分も酷い姿に歪んでしまったの。そのせいでどんどん距離をおかれるのね』
「そうなんだ。今のオレを作ったのは間違いなく父さんや兄さんなんだよ」
『小さい頃、世界は家の中だけだったから、外に出た時は嬉しかったのよね』
「そうなんだ、きちんとオレを見てくれるのが嬉しかった。変な事をやればそりゃあ奇異の目で見られたけど、いつもじゃない。奇異の目であっても見てくれるのが嬉しかった」
『だからベンに敬語を禁止したんでしょう。父親代わりが欲しかったのよね』
「そうなんだ、ベンは本当の父親だからな。大きくて優しくて、ほんと、あのクソオヤジとは大違いでさ」
『初めてまともに話した女はアシュレイだったから、好きになったのよね』
「そうなんだ。それもあるけど、彼女はとても優しくて、しっかりしてて、面白い。ほとんど一目惚れだったよ。これまで女なんてただ子供を産むためだけに存在すると思っていたんだ」
『さあ、そろそろ馬鹿な妄想から目覚めなさい。みんながあなたを待っているのよ』





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