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Uターン
たったひとりの

ずいぶんと早かったな、と兄さんは機嫌が悪そうだった。女連れなのを良く思っていないらしい。思えば昔から、父さんや兄さんにあまり良くしてもらった覚えがない。愛人との間に生まれた子だからか? と考えた事もあったが、オレとは違ってクリス兄さんはよく可愛がられていた。わがままを言った覚えはないし、勉強もよくやったのに、必要なものを与えられてほったらかしにされていた……、気がしないでもない。
ただクリス兄さんは父さんたちとよく遊んでいたし、どこかへ出かける事も多かったのは間違いない。だから小さい頃のオレはよく悪さをしたのだと思う。サディスティックな面もある、クリス兄さんが嫌がったり泣いたりする顔を見るのが好きだった。だから勉強だって、クリス兄さんの上を行こうと頑張ったのだ。そして、もうひとつはやはり父さんと兄さんの気をひきたかったから。いたずらをすれば、怒りにやってくる。普段向こうからほとんど話しかけないで侍女にオレの事を任せきりにしていた父さんと兄さんが自分からオレの所にやってくるのが嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだと思う。当時の気持ちなんてほとんど覚えていないし完全な推測なのだが。
兄さんがアシュレイを別の部屋に案内した。扉の前には生まれた頃からついこないだまで世話をしてくれた侍女のハンナが立っている。しばらく見ない間にずいぶん白髪が増えた。手を振るとおじぎをする。ハンナのそばなら安心だ。
「……チャールズ兄さん」
「なんだ?」
「用事って一体、なんなの?」
「父上の部屋に父上が居る。レナードも待ってる」
「もう、レナード兄さんも来てるんだ」
揺れるシャンデリアの下で少し早歩きする。陰も揺れた。
クリス兄さんとオレ以外は皆赤髪だ。茶色っぽく綺麗で、少しうらやましいと思う。父さんの頭は沢山白髪がまじっているのだけど、それもまたカッコよくて似合っているのだ。
木製の少し厚い扉を開けると、壁一面の本棚が見えた。真ん中にはずっしりとしたフォルムの机。大きな椅子に父さんが腰掛けていて、父さんの目の前にチャールズ兄さんとレナード兄さんが肩を並べている。
父さんの部屋には殆ど入った事がなくて、ざっと部屋を見渡した。机と椅子と本棚以外には後ろのほうにキャビネットがふたつ、そしてチェス盤ひとつがあるくらいでとてもシンプルな部屋。父さんがこっちへ来なさいと言ったので、急いでレナード兄さんの隣を少し開けて並んだ。この間はクリス兄さんの場所。
「突然呼び出して、すまなかったな。特にレナードは普通片道で三日もかかる道を二日で来てくれた。ありがとう」
父さんが机の中から何かを取り出しながら、話を始める。
「……やっとな、クリスの遺体が見つかったのだ。ずっと前に死んだと思っていたが、クリスはソリエの基地に連れ去られていたらしく、死んでからまだ一週間もたっていない。リーリアにあった基地に攻め込んだ際にチャールズがクリスの遺体を見つけた」
父さんが出したのは、写真だった。信じたくないくらいに変わり果てていたが、それは確かにクリス兄さんだった。
「まだクリスが生きていた頃の写真だよ。ソリエ兵が面白がってたくさん撮ったらしい」
おもわず近づいて、写真に近づいた。チャールズ兄さんがオレをみっともないと止めたが、父さんが首を振る。
「誰も見ていないじゃないか。それにフランシスにとってクリスはたった一人の同じ血が流れている兄弟なんだ」
父さんの言葉はあまり耳に入れず、写真に飛びついた。全ての手足の半分から先が、ない。虚ろな目で何か遠くを見ているようだった、痩せた体は骨が浮き出ており、青いあざが沢山散っていた。
父さんは写真の束をオレの手に置いた。今にも餓死しそうな人間がパンを渡されたように必死で一つ一つ見ていく。
あざがどんどん増えていく。死んだような目の兄さんは、あの写真だけだった。足を切断されている瞬間、蹴られている瞬間、尻や口にソリエ兵のそれをくわえている姿が沢山写真におさめらている。なんとか生きて、助けがくるまで頑張って耐えようとしたのだろう。でなければこんなこと、こんな目でできるものか。
足元がぐらついて、痛む。目の前がちかちかして吐き気が肺のそばまで迫ってきた。
実の兄が酷い目にあい、結果死んでしまった。そして自分が同じような事を沢山してきたこと。それが槍のように胸に突き刺さって抜こうともがいても抜けない。
「と、とう……さん」
「少し休むか」
かすれたような声しか出ない。こんな事も分からなかったなんて!
「いいや、大丈夫だよ。リーリアで戦いがあったんだ。そこの指揮官は、もしかしてアルクィンという名前ではなかった?」
「お前と同じくらいの男だった。確か……、お前の言う通り、アルクィンと名乗っていた」
後ろからチャールズ兄さんの声。
「若いがなかなかのやり手だった、勝てぬと分かると生き残った兵をすぐに逃がして自分は残った少ない仲間と一緒に囮になったんだ。まんまと作戦に引っかかってしまったよ。戦力をあまり削れなかった。痛いな。しかもいつの間にか基地の物資を殆ど持って逃げたらしい、これじゃあ基地を攻めた意味が殆ど無い……」
「そんな人間がソリエに……。これは、もしかしたら……」
「今更、そんな事があるわけがない。少し決着が遅くなっただけだ」
チャールズ兄さんとレナード兄さんが顔色を悪くした。アルクィン、奴の部下がやったのかと再び写真をのぞく。アルクィンがこんな事をする人間だとは思えない。
「今日、皆を呼んだのはクリスの葬式をするためだ。勇敢に戦い、沢山のソリエ兵を撃破し、その後基地でも最後まで負けずに仲間を応援したそうだ。一緒に捕まっていたクリスの部下と少し話をしたんだが、彼らはクリスのおかげで自分が無事に出て来られたのだと泣きながら口を揃えていたよ。決して我らアトキンソンの恥じゃない……、英雄だ」
「……そうですね」
「はい」
「庭に棺を置いてあるんだ。クリスはよくあそこで猫を眺めていたからな。あそこに埋める」
父さんがゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。少し腰が曲がっている。兄さん達も後に続いて歩き出す。
「フランシス、きなさい」
レナード兄さんの呼びかけに飛び上がり、写真を机に捨てた。
「ショックなのは分かるがね、これから何回も通る道だ。耐えなさい。クリスを見送ってやるんだ」
ぽんと頭に手を乗せられる。手が揺れる。初めてだった。涙が一気に滝のように流れ出した。
「たくさん泣きなさい、いずれ耐え方がわかってくる。我慢せずわかるまで泣くんだ。ほら、早く庭に行こう。父上と兄上を待たせてはいけない」
レナード兄さんに手を引かれ、シャンデリア揺れる廊下を歩く。初めてだった。兄さんの手は骨っぽくて、ごつごつして、大きくて、暖かかった。力が入らなくてうまく握れないで居ると兄さんが強く手を握りなおした。
クリス兄さんが死んだから泣いているのだとレナード兄さんは思っているだろう。
こんなにたくさん話し掛けられたのも、頭をなでられたのも、手をつないで歩くのも初めてで嬉しくて嬉しくてたまらないのだと言えば、オレは殴られるだろうか。
アシュレイの居る部屋の前に居たハンナは少し驚きを隠せないようだったけど、とても安心していたようだった。
初めて、父さんと兄さんたちと家族なのだと胸を張って言える時間だった、そんな気がした。




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