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Uターン
王女の剣

アシュレイ・ソリエータは死んでいる。自国の王女の病死。グレンがその事を知らないわけがないだろう。
「アシュレイ・ソリエータは病死したのではないのか?」
神経を逆撫でしてはいけないと、大人しい言葉を選んだ。
「……確かに、確かに一度、ソリエータ様は亡くなりはしたが、あの方はまさに『神』。奇跡を何度この目で見てきた事か。ソリエータ様がどんな事をされても、それは奇跡の一言で片付いてしまうのだ」
言い切ってから部屋に響く、グレンの高笑い。今日収容されたソリエ兵のみが、怯えたようにこちらを見ていた。クスリでもキメてやがるのか? 余裕の表情を踏みつけたくなる。
アシュレイは前に出て、グレンを見つめ、首を横に振る。かすかに唇が動いたような、動かなかったような。それからグレンは人が変わったように大人しくなった。
「今ソリエはどうなっているのでしょう。私にはとても正気とは思えません」
「残った兵にクスリでもやってんだろうさ。しばらく放っておけば切れんだろ、行こうぜ」
何か言いたそうなロバートとアシュレイを置いて部屋を後にした。ロバートはすぐ後をついてきたが、アシュレイはじっと鉄格子を掴んで動かない。
「腹減ってるんじゃないのか」
「……待って。今、行くわ」
ゆっくり手を離し、冷たい石の床を駆ける。扉を閉めて、階段の一段目。足音がじんと響き、体を震わせる。
「ここに空き部屋はまだあるか?」
小さく、もう溶けおちそうなろうそくを頼りに右足を前へ。
「三階の奥が」
「なら、用意しておいてくれ。オレが居ない間、アシュレイはそこだ」
「……ありがとうございます」
また、糸。腕から天へと伸びている。この力がなければ床へと落ちてしまうのだ。ロバートは安心したようにひとつ大きな深呼吸をした。
階段が崩れてしまっても吊られているだろう、足が地についているのに謎の浮遊感が気持ち悪い。無言のまま、前へ前へと。

ロバートとアシュレイと別れて部屋へ戻った。綺麗に整えられた書類。国への報告書は後に回そう、そう決めて一番下に滑り込ませた。
真っ白の報告書の下には白黒の写真と名前に番号、それに日付。死んだソリエ人の写真だ。これに判子を押し、きちんと整理して国へ送る。単純な作業だが、大量。収容所が建ってからずいぶん時間がたった。一日に何人ものヒトが死ぬ。夜になればすぐ隣の質素な羊小屋のような場所からはたくさんの声が聞こえてくる。励ます声、もうだめだと嘆く声、耐えきれずこぼれてくる泣き声、自分の運命を呪う声、酷い仕打ちに怒る声。それがある日のある時間になればぴたりとおさまり、全てが祈りの声へと変わる。それからまともだとは口が裂けても言えぬ粗末な食事を空っぽの胃に放り込み、固いベッドに何人も押し込まれ、食い物が足りないと泣き叫ぶ腹を抱いて寒さに耐えながら明日のために眠るのだ。
自分ならそんな事が出来るだろうか。これまで捕らえたソリエ兵も拷問に負けずただひたすら耐えて耐えて、その日には神に祈り、そのうち口をきく事すらできなくなった。
バラバラのパズルのピースが繋がってゆく。
国民の神への異常な愛――、絶対に口を割らない兵士――、まだソリエが白旗をあげぬ理由――、死んだはずの王女に同じ名のソリエ人――、王女を神だと言うグレン――、突然オレを撃ったロバート――。
いや、まさか。そんなはずは。
ソリエ王族の顔は王と王妃しか公開されないので分からない。グレンの言う事が本当なら、辻褄があってくる上に、実に面白い。死んだはずの王女は神のような力を持ち、沢山の人間を操る事ができる。それが敵国の収容所に入りこみ、何も知らないふりをしながら苦しむ国民を眺めてのうのうと暮らしている。
それが本当ならば、すぐに捕らえて閉じ込めてしまわねばこちらの兵が操られてしまう恐れがあるし、きっとロバートの行動もアシュレイのせいだ。
しかし、信じがたい。そんな非現実的な、ありえない事があってたまるか。これは本の中の世界ではないのだ。真っ黒いインクの作り出す愉快なものではない。息を吸わないと死ぬし、昼は暑いし夜は寒い。雪が降っても必ず積もるわけではないし、いつも風は母のように優しいなんて事は絶対にない。
また誰かが操られた時にアシュレイの動きが怪しければ少し信じられる気がする。ロバートが操られた時はアシュレイが他の部屋に居た時だ。こちら側の邪魔になる存在なら。
どうやらオレはアシュレイを好きらしい。小さな部屋に閉じ込めて、吐かないとソリエ兵と同じように殴ったり蹴ったりなど出来るはずがないし、他の者が触れるなど言語道断。もしその力をアシュレイが持っていてこちらの物になるのも、いやだ。アシュレイを利用しにいろんな人間がやって来るだろう。オレが逆らえない相手が殆どに違いない。
父ならソリエ王女について何か知っているだろうか。昔ソリエであった事が関係してくるかもしれない。明日にでも収容所を出てうちに帰ろう。その前にグレンの話を聞く事が出来るなら聞きたいが、これまでのソリエ兵は大事な事は絶対に吐かなかったし、何か吐いたとしてもそれはゲロだ!
最後の報告書に判を押し、椅子をふき飛ばす。引っ掛けていた小さなカバンに大事なものを乱暴にぶちこみ、大きな音を立てて部屋を飛び出した。

「あ、フランシス!」
「どうしたのですか?」
「グレンの様子を見てくる。終わればすぐにうちへ帰る。ロバート、アシュレイを頼む」
投げ捨てるように叫び、返事を待たず第二棟へと走った。ロバートが何と言うかなんて分かっている事だ。

あの部屋は相変わらず居心地が悪い。真っ黒の鉄格子とコンクリートの部屋。大人の腕が二本ほど入るくらいの窓しか付いておらず、息苦しい。ブーツを鳴らすたびにソリエ兵がびくつくのが面白い。足が痛むが、もうそれほど痛く感じなかった。
「……!」
視線を合わせる。憎しみに満ちた二つの目玉。今手錠を外せば、すぐにオレの喉元目掛けて腕が飛んでくるだろう。
「あれは何か分かるか」
斜め前を見るように促す。同じような鉄格子の中に、虚ろな目をして壁にもたれかかっている軍服を着た男が一人。手と足が全て切断されており、まるで赤ん坊のようだ。ただただ、同じタイミングでまばたきを続けている。
「素直に質問に答えればあんな風にならなくて済むんだ」
「……」
斜め前の男を見ているのがつらいのか、すぐに目を背けた。
「さっきお前が『ソリエータ』と呼んだ女は王女なのか」
「……」
「王女は何か特別な力を持っているのか」
「……」
「その特別な力で国民の異常な神への愛を生み出しているのか」
「……」
「それは人を操る力なのか」
「……」
「それ以外に何か特別な力を持っているのか」
「……」
「王女の力があれば現在の状況から逆転できるのか」
「……」
「今答えれば痛くないんだぞ」
口をぴったり縫い付けたように閉じて、動かない。じっと、獲物を見つけ狙いを定めている獣のようだ。自分は食われる兎の立場だと分かっているはずなのに。
「知らない」
「全て?」
「知らない」
やはりこいつもか、とため息をついた。知らないなんてそんなはずはない。王女とは仲が良さそうだったのだから。王女なのはほぼ確定か、しかしなぜ城に居るはずの王女が一般人に紛れ込んでいたのか、自分で逃げ出したのか、特別な力はアシュレイだけのものか? 何を聞いても首を縦に振るわけでも横に振るわけでもなく、淡々と時間が過ぎていくばかり。
「アルクィン家は沢山の英雄を出しているそうじゃあないか。中には魔術師なんて呼ばれた者も居るとか。こっちでもたまに話を聞く」
レオナルド・アルクィンは有名な将軍で、たった百ほどの兵で何十倍もの軍を蹴散らし城を落としたソリエの国民的英雄だ。チャド・アルクィンに至っては未来予知をする事が出来、ハリケーンや干ばつを予知し人々を救ったという。アルクィンの名の元には沢山の人間が集まり、それを束ねて一つにまとめあげる。常に国民の上に立ち、王に花を添える。アルクィン家とは、そんな由緒正しい家だ。
「知らないはずがないだろう、早く話したほうが身のためだぜ。王女について知ってる事、全部!」
「……」
「……」
また、睨みあい。
このままでは何も進まないなと諦め、肉屋に置いてあるような四角く大きな包丁を棚から引っ張り出して来た。ロバートがいつも手入れしているので綺麗だが、うっすらと赤い。これの使い心地はなかなか良く、まるで自分の体みたいにぴったり手になじむ。これで一体何本ものの手足を切り落としてきただろうか!



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