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Uターン
ランチはキミの臓

すっかり床に付いていた血は消え、山のように机にあった紙はきっちり揃えてまとめてある。紙の上に置いてあった予備の銃を握った。気がきく奴だ。アシュレイが銃をロバートに見せたのだろうか。そのロバートはもう部屋を出て、どこかに行ってしまったらしい。ロバートがよく居る場所。一番に思いつくのは第ニ棟か。
第ニ棟は本来ただの倉庫として使っていたのだが、いつの間にか捕らえたソリエ兵を監禁する場所になっていた。兵士ではない、ただの庶民と同じようにこの場所から収容所に移動して労働する者も多い。しかし『おもしろいから』なんて、される側からすれば酷い理由で何人かは小さな部屋にずっと閉じ込められている。兵がストレスを発散するために鞭打ちをされていたりするが、これはまだまだいいほう。何日も水だけしか与えられなかったり、指や腕を切断されたり。ひどいものはだいたいロバートの仕業だろう。まだソリエ兵が元気な時はオレもロバートと一緒に足を運んだものだが、残っているソリエ兵は殆どがぬけがらの人形みたいになって、何をしても反応が薄くなり面白くないので行っていなかった。まだ通っているのはロバートだけだろう。ロバートは自ら第ニ棟の責任者になる事を買って出たし、ソリエ兵の世話も任せられている。昼間、食堂とオレの部屋の近くを探して見当たらなければ、第ニ棟に居るか向かっている途中だ。
アシュレイを連れ、第ニ棟へ向かう。第ニ棟にはロバート以外の人間は近づこうとはしないし、ロバートと仲良くなったのならば第ニ棟の開いている部屋をアシュレイの部屋にしようか。それならば安心できる。少し胸が軽くなり、まだおぼつかない足どりだが、スピードが早くなった気がする。

静かな空間。階段をゆっくり上がり、ソリエ兵を収容している二階の大きな部屋の扉の前。聞いた事のない怒鳴り声が聞こえる。まだまだ青臭さそうな、若い男の声だ。きちんとどんな事を言っているのか分からないが、よくない言葉を口にしているのは分かった。
「向こうから聞こえる声……、どなた? ロバートさんではないわよね……?」
おびえて震えた声。アシュレイは耳がいいのだろうか。
「ああ、違う。様子見てくるから、そこで少し待ってろ」
そう小さな声で伝えると、気づかれぬようゆっくりと部屋のドアを開き、様子を探る。
区切られた牢には、ぐったりとしたソリエ兵が何人も。奥まではよく見えないが、牢の外にはロバートしか居ないのを確認できた。アシュレイにはソリエ兵達を見せたくない。絶対に入ってくるなと伝え、部屋へゆっくりと踏み出した。
「よう、ロバート」
「フランシス様!? なぜ此処に……」
「お前に少し用があっ」
「……フランシスだと!?」
困ったような表情を浮かべるロバート、奥の牢から聞こえてくる、あの知らない声。
「……新しいソリエ兵がさっき急に来まして、それでここに収容するために部屋を出ました。申し訳ないです」
「いいや、いいんだ。ご苦労だった。それが済んだらな、アシュレイと仲良くなったんだろ? あいつが腹減ったっていうんだ。お前、メシ食う暇なかったろ? ちょうどいいかと思って。部屋の外に連れてきてある」
「フランシス・アトキンソンか!?」
会話を遮る大きなオレの名前。
「……うるさいから黙らせておけ。まともに話もできない」
「了解しました」
ロバートは頷くと、牢の中の男に銃を向ける。茶色い髪を少し伸ばした、二十代くらいの男。また何か言おうと思ったのだろうか、口を開けたまま銃口を見つめている。
「あれは?」
「ソリエ兵のグレン・アルクィンです。リーリアでの戦闘での指揮官です。捕虜になりこのオールドリッジ収容所第ニ棟に収容し、……ていた所です」
「リーリア?」
「はい。ソリエ城近くの地です。あと1週間もすれば完全に落ちるでしょう」
「アルクィン家か。家がいいってだけで指揮官になったんだろ。やはり人が居ないのか、城にバケモンを隠しているのか……」
「どうでしょうね……」
「こんなになってもまだソリエは戦うつもりでいるのか。他には」
「ああ、此処に残るのは三人。どれもグレン・アルクィンの部下です。あとは怪我が酷い者はガス、その他の者は収容所です」
ぱっとグレンの顔を見る。口はもうきつくしめており、こちらを睨んでいる。いきいきして、生命力溢れたひとみ。今にも噛みついてきそうに、ぎらぎらとしている。ああ、こんな人間は久しぶりだ。胸が高鳴る。ロバートの手にかかれば、あっという間に人形に変えられてしまう、もったいない。
「アルクィンにはあんまり酷い事してやるなよ」
「?」
「何ヶ月ぶんの新入りかな。歓迎してやらねば」
「!……はい」
ロバートはグレン・アルクィンにハードな……、そう、四肢切断や眼球のくり抜きなんて事はしなくなるだろう。やるのはロバートではなく、オレになっただけだから、グレンにはどっちでも同じような話か。
もういい、とロバートに合図をすると、グレンは手錠の鎖の音をわざと鳴らすようにした。
「フランシス・アトキンソン! お前だけは絶対に許さない!幾つもの虐待、一般国民の殺害! 悪魔め! 恥ずかしいとは思わないのか!」
威勢よく、吠え続ける。これは今までで一番楽しめそうだ、最初は何をしたらいいかな、なんて考えていると、後ろから短い女の悲鳴。
いきなりの事に怯んでしまったが、振り向いて状況を確認した。後ろにはキョロキョロと視線が動いているアシュレイ。
「ねっ、この方達、どうしてしまったの? さっき声を出したけど何にも反応がないわ! この方の手と足はどこへ行ってしまったの? この方はどうして目ないのかしら?」
やってしまった、と思わず頭を抱えた。待っていろと行ったのに、彼女は待つのが苦手なようだ。
「待ってろって言ったろ!」
「だって長いんですもの……。そっちには何があるの?」
駆け足でアシュレイはオレとロバートの間に入ってくる。檻の中のグレンがアシュレイを見てぱっと目を輝かせた。
「も、もしかして、ソリエータ様ですか!? どうしてこんな所に……」
「知り合いの方なのですか?」
グレンの質問、ロバートの質問。しばらく考えて、アシュレイは首を横に振った。
「私、知らない。この方は知らない方よ」
「嘘でしょう……! ソリエータ様、私です、グレン・アルクィンです! 覚えてらっしゃいませんか!?」
「アルクィン? 初めて聞いたわ」
また首を横に振ると、グレンは目を見開き、力が抜けたように体を投げ出した。
矛盾。
アルクィン家もアトキンソン家と同じように軍人の家、そのへんの娘を様付けで呼ぶはずがない。かなりショックを受けていたと言う事は、よく会っていたのだろう。バレバレの嘘だ。それに『ソリエータ様』が一番気になる。ソリエータとはソリエータ教の女神で、ソリエを作ったと言われている(らしい)。ソリエ王族のファミリーネームは『ソリエータ』だが、『アシュレイ・ソリエータ』は数ヶ月前に病死しているはずなのだ。
このアシュレイが『アシュレイ・ソリエータ』である事は絶対にありえない。まさか、まさかのお化けなのだろうか。それならばロバートが気を失った事の説明がつくが、前にオレはアシュレイの手を握ったではないか。グレンの見間違いだって、ありえない。親しそうであったし、アルクィン家の人間が王家の者の顔を知らないなどあるわけがない。先祖代々、一番近くで仕えてきた家のひとつだ。
何が違って、沢山の違いを生み出しているのだろう?
ぐるぐると黒い海の中を泳ぐ考え。正解を捕まえたくとも、泳ぐ姿が見当たらない。


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あきゅろす。
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