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Uターン
燃やしたい過去

「本当に大丈夫なの?」
じっと見つめ合って、まばたき数回、同じリズム。体から力が抜けて、目の前が曇った。頭を首が支えられなくなって、白い髪の中に鼻を突っ込む。
「大丈夫……」
「本当なら、いいのだけど……。心配、普通じゃないもの」
匂いは何もしなかった。視界がはっきりするまで、何秒かかったのか?
糸に吊られていて、いきなり糸が切られたような感じ。嫌な空気を吸い込みそうになる。咳をして吐き出すと、少し落ち着いた。何だろう、これは。考える暇もなく、アシュレイは口を開く。
「ひどい咳。風邪をひいたんじゃあない。顔が真っ赤。くまも濃いし、つらそうよ。少し寝たら? 私見てるから」
ピンクの眼球に自分がうつる。目つきの悪い、黒い髪の若い男。
さっきの笑顔とは違う笑顔だった。同じ人間の同じ笑顔なのに、何故だか空気が冷たく感じる。理由はないけどおそろしい。『ね?』とつけたしたのがまた、背中をひやりとさせる。
「いや……」
ぐらつく頭を腕で支え、じっと前を睨みつける。自分の体が自分のものでないような感覚。何回かあったじゃないか、それもアシュレイと二人きり、周りに人が居ない時だった。絶対にいいものではないという事は理解できるが、それ以外の事は上手く頭が回らなくて分からない。なんとかその嫌な、自分の体を支配されるような感覚を払いのけた。何かしていないと、乗っ取られそうだ。机の上の父からの手紙を思い出す。内容は予想できるが、一応読まなくては。
アシュレイに手紙の事を伝えると、渡した銃をひっつかみ、取ってくると言って部屋を出た。途端に肺が軽くなり、頭がはっきりする。深呼吸して、思い切り体に空気を詰め込んだ。骨がふるえて体が冷たくなる。あの息苦しさは一体、なんなのだろう。ゆらゆら揺れるロウソクの火を、追いかけるように見つめていた。

ゆっくりと開くドア、見え隠れする白い髪。出て行ってからかなり時間がたっている。何かあったのだろうか、気まずそうにもじもじとよそ見をした。ゆっくり休めたので、場所が分からなかったなんて理由なら全く気にしないのだが。
「何かあったのか」
「少し、お喋りが過ぎてしまって。さっきすれ違った、あの金髪の真面目そうな方」
「……そうか」
わざとつくったやる気の無い声に安心したのか、ベッドに駆け寄ってきた。
「とても落ち込んでいたの。あなたに酷い事をしたのだって。でも、お話したらすこし元気が出たようだった。あの人、よっぽどあなたが好きなのね。もちろん恋とか愛とか、そっちじゃないわ」
「…………」
「手紙、これで合ってる?」
さらさらと流れるように書かれた『ベン・アトキンソン』の文字。少し歪んで、下にずれている。父のくせだ。
「ああ。ありがとう」
「いいえ」
ゆっくりと真っ白な便せんを破って、中の手紙を引っ張り出した。
やはり近いうちに帰って来るようにと、それだけが書いてある。何の為に、帰って何をするのかは書いていない。いつもこうだから気にしなかった。
「アトキンソン、って、家族からの手紙? 確かファミリーネーム……」
「親父からだ」
手紙を適当に折りたたんで部屋の隅にあったゴミ箱に投げ入れると、アシュレイが眉を釣り上げる。
「せっかくお父様が書いてくれたんでしょう。だめよ、ちゃんと持っておかなきゃ」
「取っておくような内容じゃない。気になるなら見てみたらどうだ」
少し納得のいかなさそうな顔。ゴミ箱からくしゃくしゃの紙きれを助け出すと、ゆっくりとシワを伸ばした。
「『大事な用がある。近いうちに帰るように』……これだけ?」
「そうさ」
「ふうん……。いつ帰るの?」
「明後日くらいを考えてる。お前は……」
「?」
まだ痛む足。ロバートに頼んでもいいのだろうか。一番信頼できる人間だったが、今はどうかと聞かれると言葉に困ってしまう。
「連れていかなくていいよ。せっかく久しぶりに家族と会えるんだから、私が行ったら邪魔になる。あの金髪の方と仲良しになったから。ひとりでも平気」
「でも……」
ロバートの言葉が頭にへばりついて、何回も何回も流れてゆく。
「信じてあげて、きっとそうすれば少しだけかもしれないけれど、癒えると思うわ。そんなに向こうに居る予定なの?」
「いや。いつも通りなら二日で帰る」
「私と少し似ているの。あの人、あなたが居なかったらひとりよ」
あいつはどんな話をアシュレイにしたのだろう。そういえば、ロバートの過去は全く知らない。あまり話したがらないので聞かなかった。アシュレイには話したのだろうか。
「随分長く話していたようだが」
そばにあった椅子に座り、長い髪を手で整え始める。
「ついね、楽しくて。長くなっちゃった」
「気が合ったのか」
「ええ」
いつも髪の手入れをしているのだろうか。しぐさの一つ一つが平民とは思えぬほどに美しい。少し乱れていた髪が元に戻り、ふうっと息を吐いた。
「じゃあ仲良くしてやってくれ」
「言われなくてもするわ。……そうだ。ねえ、私お腹減っちゃった」
ああ、とさっきのアシュレイのように目をそらして天井を見る。灰色の石で固められて、丈夫そう。
「ごたごたあって言うタイミングが見つからなかったな。オレはいいから、ロバートに案内してもらったらどうだ」
「ロバート?」
「あの金髪の……、名前聞いてなかったのか」
「そうね、聞いてなかった。夢中で」
そんなに楽しかったのか、とぼんやり考える。ロバートに頼もうか迷っていたけれど。
「食べないの? 若いんだから、たくさん食べないと」
「そんな気分じゃない」
「ああ、足がまだ痛むの?」
「多分もう歩けると思う。ロバートがまだ部屋に居るか分からない。一緒に行こう」
撃たれた足を地面につけると軽い電気が流れたようにびりりとした。ゆっくりとふくらはぎに力を入れると、少しふらつくが立つ事ができた。
「ほら」
「……無理してない?」
「全く」
扉の前に立つころには、まだ痛むが、歩く時にふらふらしなくなった。言われた通り、出血のわりには大した事はないらしい。
カツンカツン、つま先とかかとが地につく音。
(カウントダウンは、始まっている)




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あきゅろす。
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