[携帯モード] [URL送信]

Uターン
はぎしり

ネクタイを引っ張られ、ぐえっとカエルのような声が飛び出した。撃たれてすぐは何故か痛まなかったが、今になって足を引きちぎってしまいたいくらいの痛みが襲ってくる。睨んでいれば何とかならないかと、強がって眉間に皺をよせた。痛いのを堪えようとすると何故だか顎に力が入って、歯を砕いてしまいそう。
違和感。すぐそば、手を伸ばせば届く距離。服を掴んでボタンを外す手がある。仕草がやたら、女っぽい。ごつごつとした大きな手には似合わない仕草。よく目立った緑色の瞳は濁り、白っぽい。ついさっきまでこんな色ではなかったというのに。
「……ロバート」
「はい」
「お前の恩師は誰だ」
「あなたの御兄様、チャールズ・アトキンソンです。厳しく、時に優しく、若い私を導いて下さいました」
偽物かと思ったが、違うらしい。姿は目の色以外完璧だが、やはり違う。まず本物ならば、こんな事をするわけがない。なんだ、これは……?
抵抗しないままシャツのボタンが全て外れた所でまた、銃声。すぐそば。きっと裏口近くでソリエ人が何かやったのだろう。
ロバートはびくりと飛び上がり、まばたきをする。
「……これは……。一体……?」
「とぼけた事を!」
叫ぶと体が震える。オレの足、手に握られた銃。
「……話は後に。早く救護室へ向かいましょう。まだ間に合う」






灰色の壁に囲まれ、堅いベッドの上。弾は足をかすっただけで、問題はないと医者は言った。
「部屋にあった弾は確かに、私の持っていた銃に入れていた物でした」
今にも泣き出しそうな顔で、ロバートは首を横に振る。
「でも、私には全くその時の記憶がない……。記憶がなかったと言い訳をしているように見えるでしょう。でも、本当に覚えていないのです。自分を撃った人間の言う事など信じられないでしょう。でも、私があなたを撃つわけがない! あなたが誰よりも……、分かっているはずです」
どんな顔をすればいいのか分からなくなって、顔を背けた。
「あの若いのはどうした」
「扉の前に倒れていた……? 死んでいたそうです」
『そうです』。悪びれる素振りも、覚えているようすでもない。しかし特に嘘をついているようにも見えない。
「お前が殺したんだぞ。面倒だから家族には流れ弾に当たったとかで報告が行くと思うが。それに覚えていなくともオレを撃ったのは事実だ。裁かれるのが楽しみか?」
「何も、私は何も、覚えていないのです。白髪の女性の部屋のドアを閉めた、そこまでしか、覚えていないのです」
お化けか何かがロバートに取り憑き操ったとでも言うのか?
自分としては、ロバートをそばから離したくない。この場所で一番信頼できる人間。確かにあの時は様子がおかしかった。昔、聞いた事のある多重人格とかいうヤツか?
いろんな考えが体の中で渦のように回っている。結論は。
「今日の事は秘密だ。何を聞かれても今みたいにごまかせ。お前はオレにとって特別な存在だという事、少しの事じゃあ見放さないという事はよく分かっているだろう。もうこんな騒ぎを起こさないように。お前を処刑台に上げるのは、此処が落ち着いてからだな」
「……はい」
すっきりしないらしく、苦い薬を口に入れたような顔をした。何か言いたそうにしていたが、睨んでいるとぎゅっと口を固く結んだ。
「昼、食ってこいよ。まだだろ」
「何か、持ってきましょうか」
「いい。食う気にならないんだ。食ったらさ、書類ちょっと片付けといて。部屋の片付けがまだならそっち優先な。痛みがひいたら行くから」
「了解しました……」
重い鉄の扉をゆっくりと閉じた。その声はかすれて、聞こえたのも不思議なほど。その背はいつもと違い、なんだか老人のようだった。
これで本当正しかったのか、泡のように浮かんで消えていく考え。その中のどれも掴む前に潰れてしまう。
少し眠ろうかと思い目を瞑った瞬間、また扉の音。
「失礼。大丈夫かしら?」
「……どうしてここに?」
真っ白い髪を揺らして、ベッドの側に椅子を寄せ、腰をかける。
「さっき、二発、銃声がしたでしょ。びっくりしちゃって。暫く様子を見て、少し外に出たの。そしたらあの背の高い方に会ったわ。フランシスはどこに居るのか聞いたら、教えてくれたの」
椅子の軋む音が小さな部屋によく響いた。やさしい顔、今まで女性とまともに話した事がなかったな、と振り返る。母親とだって話をした事もないし、父が描かせた絵でしか母の姿を知らない。
「大人しくしておけって、言ったのに」
「だって暇なんですもの。知らない人ばかりだし、何にも暇潰しになるものはないし。あなたとも会ったばかりだけど、まだ話せるから」
ため息まじりに怒ると、少し笑いながらアシュレイはそう言った。確かにここには何もない、トランプやチェスさえもあるのか微妙な所だ。遊びの中の戦いはあまり好きでないので、小さい頃もほとんどやらなかった。
「暇潰しか、何がいいんだ」
「そうね。私、いつも閉じ込められてたの、部屋に。その時は少しだけあった本を読んで、物語の場面を何回も何回も描いてた。部屋には窓も何にもなかったから、空の色は青以外にあるって知ったの、つい最近なの」
ひらひら踊るカーテンの向こうをぼうっと眺めた。雲が割れ、少し明るくなっている。
「絵が描きたいのか」
「うん。本当の空を見て、空の絵を描きたい。家を出てから三年くらいたつわ。一回も描いてないの。沢山の物を見たから、沢山描きたい」
「分かった。用意しておく」
きらきらと輝く目は明かりのせいで光って見えるのか。ありがとうと笑う、ピンクのくちびる。
じっとアシュレイを見ていると、不安になってくる。見張りだけで大丈夫だろうか。布団の中に手を突っ込んで、堅い感触に満足した。
「部屋に帰るだろ。銃、持っていっとけ。何があるか分からない」
「……ありがとう」
差し出した銃を、おそるおそる触れた。白い肌と白い髪、白いワンピース。黒い銃は酷く似合わない。
「ね、でも、持ってくのは後ででいい。向こうに帰りたくないの。せっかく気をきかせてもらったけど、誰か人の側がよくて。部屋でずっと一人は飽きちゃったから」
なんだか顔が熱くなっているような気がしたので、顔を隠した。どーしたの、具合悪くなったの、と心配する言葉を背中で跳ね返しながら、何回も何回もまばたきをした。




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!