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Uターン
世界お掃除計画

『二週間以内に収容所第一棟内全てを掃除し、自分の身につけているものも配布される消毒液でこまめに消毒すること。髪を伸ばしている者は短く切り、清潔にすること。二週間後に調査を行う。違反者は他収容所に移動、酷い者はその場で処刑とする』

こんなポスターを収容所の第一棟のそこら中に貼らせたのはちょうどあれから二日前だ。
ポスターには正しく軍服を着た男(モデルはオレだろうか)のイラストがかいてある。
やはりお偉いさんが来た時に恥ずかしいからと適当に理由をでっちあげたが、本当の理由はもちろんアシュレイ。
すぐに自分の部屋の隣の部屋を開けさせ、生活ができるように用意をした。アシュレイが部屋の外に出る時は必ず横について歩く。夜も部屋の前で銃を持ち見張っている。
いつも見張っていられる訳じゃない、片付けてしまわないといけない書類が机にどっさり山のようになっているだろう。
第一棟は軍人らの生活スペースだ。自分の部屋も、そこにある。男だらけのそこに若い女がひとり。何があるか分からないし、仕事もたまっている。オレの代わりにアシュレイを任せられる人間は、二人。
一人目はベンだ。優しいし、約束は必ず守る男。しかし地位がない、ただの田舎から呼ばれて出てきた男だ。ベンはオレにタメ口で接するが、それはオレが許可しただけにすぎない。
二人目はロバートという男だ。アトキンソン家と同じように、戦争で活躍した人間を多く出しているブロウズ家の次男、だったか。アトキンソン家よりは歴史は短いが、なかなかやるそうだ。見た目からして三十代から二十代後半だが、結婚はしていないし、これからも絶対にしないだろう。この結婚しない理由のおかげでアシュレイを任せられる。変わり者だが、普通に信頼できる人間だ。戦場で倒れてしまっても、そばにロバートが居るなら安心して眠る事ができる。

久しぶりに自分の部屋へ戻った。予想していた通り机の上は紙だらけ。ちらりと見える、父の名前が書いてある封筒。内容は簡単に予想がつく。
アシュレイも連れて来た。本棚にパンパンに詰めてある本が気になるらしく、取り出そうと奮闘している。机の中に入れていた椅子に座った瞬間、コンとドアを叩く音。よく聞いた低い声。
「失礼」
「入ってくれ」
少し茶色っぽい金髪の男。きっちりと髪も服装も整えている。あのポスターを貼る前から、こうだ。しわ一つない軍服がやたらと似合っている。
「もう少し遅くてもよかったんだぜ。昼飯は食ったのか」
紙に埋もれた置き時計を探し出し、乱暴に掴んで眺めた。十二時半。部屋に来るようにと言ったのはついさっき、ほんの十分ほど前。
「いや。一緒にどうかと」
「いいな、後で行くか。酒はなしだぞ」
「……で、私に話とは」
「そっちで話そう。疲れてるだろ」
部屋にあるソファーを指差すと、男は首を横に振った。
「ここで十分です」
「オレは疲れてるんだ。それに、近くで話したい。嫌か」
それなら、と男はソファーの前に立った。自分が座るのを確認すると、静かに腰をおろす。
ちょうど本棚の前に居るアシュレイが見える位置だ。気になる本を取り出せたらしく、壁にもたれてぼうっと眺めている。
「あれですか」
「よく分かったな」
「あれが来てから随分大人しくなられましたので。あれは一体、何です?」
アシュレイには聞こえないだろう、小さな声。ソファーが少し沈む。
「あんな姿だがソリエ人らしい。気になって話しかけた。面白かったんで、連れて来たんだ」
「兵が不思議がっていました。『アトキンソンの生き餌だ』なんて言われてましてね、ずっと見張ってらっしゃったので『ついに春が来た』と」
「そんな話はどうでもいい。お前に、頼みが、ある」
はあ、と不思議そうにこちらを見つめる緑色の目。エメラルドを詰めたような、なんて到底言えないが、少し濁ったグリーンは、ただただ綺麗なだけのグリーンよりも魅力的に感じる。
「見れば分かるように机はごらんの有様だし、さっき親父からの手紙が見えた。きっと一端戻って来いって手紙さ。親父はそれ以外に手紙を寄越さないからな」
アシュレイは立つのに疲れたらしく、三角座り。長い髪がドレスのように広がっている。
「お前にアシュレイの護衛をやってもらいたい。家に連れ帰ってもいいんだがずっと見ていられるわけじゃないし、兄貴だって信用できない。オレが信用できるのはお前とベン、それに死んだ兄貴くらいだぜ」
「私をそんなに……」
なんて言いながら、驚くそぶりも見せない。分かっていたのだろうな。
「ああ、お前が男色家だと知っていたしな。安心できる。そうだな、子供でも買ってこようか。ソリエ兵も飽きちまったろう?」
この男、ロバートが結婚しない理由がこれだ。こちらの兵がロバートの被害にあったという話は聞いた事がないが、口止めでもしているのかもしれない。ブロウズ家はなかなかの金持ちだったはずだ。
「そうですね。ソリエ兵は美形が多くて……。ほぼ全員抱きました。私のお気に入りは一目見れば分かりますよ」
「一番は十九だろう? かわいそうに、かなり前から居たがまだ生かされてるのか。ほぼ毎日お前の相手をしてるそうじゃあないか。少し前に見たが、ありゃあ……、人間とは言えんな」
「もう歳なんで、直接相手するのはたまにですけどね。新人の具合も見たいですし……。一回試してみます? 十九。他には貸しませんけど、あなたなら」
「心配いらないぜ。オレは男に興味はないんだ」
はははと笑いつつも、表情は少し複雑そうだ。
ソリエ兵の番号十九。二十代前半くらいの少し目つきが悪く真面目そうな男。収容されたばかりの頃はオオカミのようにすぐ噛みついてきそうなほど生きがよかったが、ロバートに目を付けられてじわじわと病んでいったらしい。いつの間にかボロボロの人形と見間違えるくらいにぐったりとして、右腕と左足をを失い、かすれた小さな声で何度も何度もロバートを呼んでいた。
女だったらなあ、とその時思ったのをよく覚えていた。




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