Uターン 見ぬふり ぞろぞろと機関車から出てくるソリエ人。最後に出てきた女におどろき、目を見開いた。 長く伸ばした白髪に、桃色の目玉に、真っ白い肌。ギロリとこちらをにらむ。年齢は自分と同じくらいだろうか、ソリエ人と思えぬ姿に、興味を持った。 「ベン! 行ってくれ!」 並んで歩くソリエ人達に付いて行こうとするその女を引き止めた。不思議そうに、首をかくんと傾ける。 「おまえはどこの生まれだ」 「ソリエ」 「両親は何人だ」 「ソリエ」 女のつむじからつま先まで見ても、ソリエータ教のあの首飾りを身につけていない。ソリエ人ならば絶対に持っているはずなのに。服の中に隠しもっているのだろうか、いや、ソリエ人にとってあれは誇るべきものであったはずだ。隠すなど、ソリエータ様に失礼だと教わっているはずだ。まさか、とフランシスは恐る恐る尋ねる。 「何を信じてる」 「私」 「……ソリエータ教は」 「なに、それ。知らない」 敵であるオレに、恐れずに堂々と話す女。自分を信じている……、こいつ、何者だろう。そう考えながら、また口を動かす。 「名前は」 「あなたから先に教えて頂戴。あなた、面白い。後で私を奴隷のようにするんでしょう、こんな事聞いて、何になるの。私もあなたの事気になる」 「……フランシス。フランシス・アトキンソン」 「私、アシュレイ」 すっと伸びた白い手。きっとこれが最後の握手になるわね、とつぶやく。細くて、弱々しくて、雪の被さった枝のような腕。少し力を入れれば折れてしまいそうだった。 「あなた、本当に面白いわ。私、色んな人に手を伸ばしたけれど、握りかえしてくれたのはあなただけよ。名前を教えてくれたのも、ね」 着ている白いワンピースがよく似合っている。風に吹かれて揺れる白い髪は天使の羽のようだと思った。いつか見た事がある、女の子に大人気だった小説。主人公のシルヴィアとシルヴィアが一目惚れしたアレックス。二人が初めて会ったのも、確かおんぼろのホームだった。今まで分からなかったけど。 「さあさ、行きましょ。私だけ遅れてる。生きて出られるといいけど……、きっとそれは不可能」 思わず、握っていた手をぐいと引っ張った。握っていない手を不格好に、飛べない鳥のように動かす。 「さっさと行けって?」 「……いや、違う」 自分の中でこの気持ちは分かっているけど、声に出すのは恥ずかしい。今までヒトにこんな気持ち、抱いた事一度だってなかった。 「オレの部屋に来ない」 「あら」 体を立て直して、上目づかい。目玉を引き抜いて部屋に飾っておこうかと思うくらい、綺麗に見えて。 「働かなくって、いい。オレ、結構えらいから。大丈夫」 自分の体がどんどん熱くなるのが分かる。強めの風が肉食獣の爪のように頬をえぐる。背中を流れた汗は嫌に冷たかった。 手は繋げたまま。 「私を抱くの」 低いトーン、さっきまで穏やかな表情を浮かべていたのに、威嚇するネコにソックリ。 そんな事考えてなかった。ただ昔部屋にあったどこかの芸術家が作った彫刻みたく、そばに置いておきたかっただけだった。女として扱おうとは思っていなかった。と、いうか、この女にそんな気持ちを持てなかった。大事に箱に入れて閉まっておきたい、そんな好意。 「いいや」 「そう」 パッと手を離し、後ろに隠す。 「あんまり信じたくないの、本当は。沢山悪い事をしたんでしょう、命令なら仕方ない……、だって従わないと、ソリエ人と同じ目にあうんですものね。でも、どう? よく思い出してごらんなさい。あなたはこれまで、どれだけの人の腹をそのブーツで踏みつけてきたのかしら。どれだけの人の顔につばを吐いたのかしら。どれだけの女を犯しては殺したのかしら。どれだけのソリエ兵をその手で狂わせたのかしら。分かるよ、だいたい」 「そんな奴についてくなんて嫌だって、それなら家畜みたいに小さな部屋に押し込まれて、きちんとした食事もとらず一日中働いていたほうがいいって、そういう事か?」 離された手で、空気を掴んで握りこぶしを作った。この女――、アシュレイは、度胸のある女だ。この手には黒く光る銃があって、何か不味い事をすれば心臓をぶち抜かれるかもしれないのに、恐れる様子はない。手の中の銃の存在を知らない訳はないし(ついさっき、これを使ってソリエ人を脅したではないか)、こちらが絶対に殺さないと知っているのか。 「いいえ。調子いいと思うかしら、過去の事でしょう。今から変えればいい。あなたも、私も。……連れてって」 無意識に、頷いた。操られているようだった。一瞬だけ、体から糸が伸びている感覚がした。 「……すぐにきみの部屋を用意させるよ。男と同じ部屋は嫌だろう。誰もきみに危害を加えぬように徹底させる。加えた者はその場で処刑する」 後ろにアシュレイを歩かせながら、アシュレイにだけ聞こえるくらいの声で話した。門番の異様な目。お喋りそうな門番が声をかけてきた。 「こんにちは、フランシスさん。その女は……?」 近くを歩かせたくなかった。汚らしく酒臭い男。先にアシュレイを行かせる。 「お前には関係のない事だ。あの女を見ても、絶対に、話しかけるな。すぐにその空っぽな頭を吹き飛ばしてやる。アホザルのような顔と、口にケツをくっつけたみたいな酷い口臭を何とかすれば、話をする程度ならば許してやるがな」 後ろから『こっええ……』『今日は機嫌悪いな。昨日は向こうから話しかけて来たのに』『よっぽどあの女が大事らしいな、お前、ちょっと行ってこいよ』なんて会話が聞こえてくる。 機嫌はそこまで悪くない、綺麗なものがそばにあるせいで汚いものが腹立たしいだけ、汚してほしくないだけ。 オレはどうかしてしまったのか、目に入るもの全てにイライラする。 あれもこれも、汚らしい。もっと大きい柵を作ろう、収容所のソリエ人が見えれば気分が悪くなるだろうから。掃除を十分にして、消毒もしなくちゃ。オレが居ない時の見張りをする者も決めよう。地位があり、犬のように命令に従順に従い、力を持っている者がいい。メイドも雇わないと。収容所にはソリエ人以外の女など、体を売りに来た下品な女しか居ないから。 ←→ [戻る] |