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Uターン
幼年期の終わり

フランシス・アトキンソン。アトキンソン家の四男であり、アトキンソン家最後の人間だった。
長男、次男とは母親が違い、平民の女との間に出来た子だった。変わり者だったバー・アトキンソン(フランシスの父である)は、『なんとなく』という理由で、汚いスラム街の売春婦を抱いた。その女の顔は特別美しいわけではなかったが、長く伸ばした黒い髪は他の女とは比べものにならないほど美しく、バーを一瞬で射止めてしまった。
城へ連れ帰り、こっそりと世話をしてやった。そのうち二人の子が生まれるが、弟であるフランシスの出産時にその女は死んでしまった。兄は優しい目をしたかわいらしい子だったが、フランシスはまだ小さい子供であるというのに、鴉のような真っ黒な髪と目が何故か恐ろしかった。母親や兄と同じのはずが、フランシスのものは違って見えた。八つにもなるとその違いは気のせいではなかった事に気づく。フランシスが八つ、兄のクリスが十の時、はっきりとバーはあの恐怖が嘘ではなかった事を知った。
幼いクリスが城に迷いこんだ猫に何回か餌をやると、街中から猫が集まってくるようになった。兄たちもバーも猫が好きだったので特に文句も言わず、そのまま数ヶ月過ぎた。ある朝、城の庭は血だらけの首のない猫の死骸だらけになっており、花壇に猫の首が綺麗に並べられていた事があった。
殺された猫は四十匹にもなった。犯人はもちろんフランシスだった。フランシスの部屋には血がついた沢山のナイフが転がっていたし、何よりフランシスは猫が大嫌いだった。一度何故猫が嫌いなのか訊ねたが、ただ気にくわない、とはっきりしない答えが返ってきた。
明確な理由――、例えばお気に入りの服に猫が小便をかけただとかがあればまだ分かるが(しかしそれだけの理由で四十匹の猫を殺すというのも狂っているのだが)、特に理由などなかった。隠す事もなく、フランシスはバーに『猫を殺すのは楽しかった』と言った。
その後に、バーは毛の長い小さな子猫をこっそりクリスに買い与えた。フランシスにばれぬように自分の部屋で飼っていたが、たった一度、部屋の鍵を閉め忘れた時に無残にも子猫は毛を刈り取られ、手足を切断された状態で天井から吊されていた。
フランシスは年齢の差があっても幼いころから兄よりも勉強ができる子供だったし、何でも乾いた土にかけられた水のようにどんどん吸っていった。クリスも勿論優秀だったのだが、フランシスはまたその上を行く。どれだけ努力しても、毎日フラフラと庭を歩き回っているフランシスに勝てなかった。

数年後、二人は軍人になり、戦争へ行った。
クリスはたくさんの敵兵を狙撃し大活躍したが、雪の降る寒い日に行方をくらました。死体は見つからない。酷く焼け焦げ、瓦礫にまみれている戦場。生きている事はないだろう。
フランシスは『そうか』、と言った。彼にとってクリスは実の兄だが、邪魔な存在だったのだろう、フランシスはその報告を聞いて少し嬉しそうな顔をしていた。
思えば猫の件以外にも、フランシスはクリスに突っかかってばかりだった。
育てていた花が咲いた朝、花の部分だけをむしって部屋のカーテンに飾り付けたこと。気に入っていたぬいぐるみの綿をすべて出してしまったこと。大好きな本のページにたくさんの真っ黒い猫を描いたこと。
たった数回ならいたずらで済まされたのに、しつこくしつこく続けられる嫌がらせ。バーや兄たちが何もしなかったわけではない。フランシスを何度も叱ったし、別の部屋へ閉じこめた事もあった。それでもフランシスは何もなかったかのようにクリスへの嫌がらせを始めるのだ。

「クリス兄さんは弱かったんだ。昔から分かってただろ。父さんも、さ。でも、もっと弱く育てたのは大人たちなんだぜ。クリス兄さんをオレから守るから甘えたんだ。引き離すから安心するんだ。一緒の部屋に閉じこめていた方がずっとよかった。だって、同じ空間に自分に危害を加えるヤツが居て誰も助けに来ないなら、そいつをなんとかしようとするだろ。クリス兄さん……、いや、兄さんなんて呼ぶのはもうやめだ。クリスだって、ちょっとは強くなってすぐ死んでしまう事なんてなかったかもしれないのに。オレは弱いものが好きだよ。オレはクリスが好きだよ。だって、弱かったからね。嫌いだと思ってた? 大好きさ。世界で一番好きな人だよ。血の繋がった兄弟なのに嫌いだなんて、酷い話だね。クリスに誰かが最高のプレゼントをしたんだ。たった二人の兄弟だもの、自分のように嬉しいんだ。だって、そうだろ。クリスはオレが何をしても嬉しそうにしてた。ああ、悪い事だって分かってやっていたよ。でも喜んでた。猫を殺した時なんて、大喜びだったろ。泣いてた? あれはうれし涙だろ、なあ、父さん。オレの話を聞いてる? オレの目を見てよ。そっちは床だろ。オレ、寝そべって喋りたくないぜ。ああ、父さん、具合悪いの? そういえば、顔が真っ青だ。ベッドまで連れていくよ。後で誰かに薬を持っていくように言っておくから。ちゃんと飲んで、ゆっくり休んで。今日は具合悪いのにオレと会ってくれたんだね、嬉しいよ。また今度、続きの話を聞いてね。いつになるか分からないけど、沢山話したい事があるんだ。じゃあ、おやすみ。父さん……」


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あきゅろす。
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