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Uターン
鴉の城

「はぁ、今日はずいぶん雲が厚い」
「最近はいつもだな」
質素な、ギシギシと動かす度に音が鳴る今にも壊れそうな椅子が横に仲良く並ぶ。同じ黒い服を着た男が、二人。体の大きい、茶色と白が混じった髪の優しそうな眼差しの男に、鴉のような黒い髪と眼の若い男。
機関車がやって来るのをのんびりとパンを頬張りながら待っている。奥を覗いてもまだまだやってくる様子はない。
二人は機関車に乗りたいわけではなかった。二人の着ている服はぴっちりとした軍服だし、間抜けな顔をしてもごもご口を動かしているが手には鈍く光る銃があった。ここは強制収容所だった。
十五年ほど続いた戦争はこちらの勝ちで終わりかけており、しばらくたてば収容所の管理もいい加減になってきていた。処刑するかしないかを決めるのなんて適当で、若く軍に入ったばかりの若者が許可の判子を押しても、誰も文句のひとつ出さず処刑をしていた。労働力にならないものはまとめてガス室、違反をしたものは見せしめに銃殺、敵兵は虐待するなどやりたい放題。
まともな部屋など与えられず、狭い部屋に沢山の人間を押し込んだ。満足な食事なんてもってのほか。腐りかけた、食べられるか食べられないかくらいの薄いスープと、小さく堅いパンが出ればいいほう。きちんと人数分の食事などなかった。
そんな事が起こっていると知りながら、チュンチュンと鳴く鳥の声をぼんやりと聞いて昼食を二人の男は口に放り込む。
「なあ、フラン」
大きな男が声を出す。しゃがれていてかすれた低い声。なんだ、と黒髪のフランと呼ばれた男が大きな男のほうに視線を送る。
「おまえは早く故郷に帰りたいと思わないのか?」
「何故そう思うんだ」
大きな男は腕を組む。ゴツゴツと岩のような太い腕は、フランの細い腕とは正反対。
「この生活を楽しんでいるように見える。俺は、早く帰って家族に会いたいよ」
タン、と乾いた音。よく響いて、地が揺れる。銃声。誰かが脱走を企てたのだろう。続けて二発、三発。よくある事だから、驚かなかった。
「だって、こんな機会めったにないぜ。殺し放題、犯し放題さ。天国だよ、ここは。これほど自分のうちに感謝した事はなかったな」
ふふんと鼻を得意げにならす。真っ黒の目をらんらんと輝かせる。
「若いなあ……、こういう事はほどほどにしておきな。後で手痛いしっぺ返しを食らうぞ」
「ここで自由にしていいって兄貴に言われてるのさ。兄貴が言うんだから、何をしてもいいんだぜ。ベンも我慢しないで好きにしたらいいのに。何か不味い事があったらオレが特別に手を回してくれるように、頼んでやるよ。友達だからな!」
大きな男、ベンはそれを聞いて言葉を失う。フランは有名な武人の家――、アトキンソンの家に生まれた子で、甘やかされて育ったわけではなく、むしろ厳しい稽古や勉学にいそしんでいた。だからなのか、普通のヒトしての常識があまり、ない。
彼の体には兄と父の言う事は絶対だと記憶されており、言う事を素直に実行すれば褒めてもらえる。それがただただ、嬉しくてたまらない。その空間に生まれてからついこの間まで閉じ込められていたからか、フランが五歳ごろに覚えたこの嬉しさが、十八になっても変わっていないのだ。
「……じゃあ、早く帰れるように手を回してくれよ」
ベンが呆れた口調で言うと、フランの肩がぴくりと跳ね、急に顔色が悪くなる。弱々しく、小さな声でささやく。
「……もう、数ヶ月の辛抱さ。その頃にはソリエ人の数も減って、人がいらなくなるからな。ベンを最初に外してくれるよう、兄貴に頼むよ。それでいいか? オレも一緒に帰るよ。数ヶ月もたてば、いきのいいのも死んでいくからな」
予想外の答えに、ベンはわざとらしくまばたきをして驚いた。もうフランとは一年の付き合いで、ベンはフランの性格をだいたいは理解していた。わがままで、自分勝手で、サディスティック。さすがいい家の坊ちゃんで、整った顔立ちにすらりとした体。黙っていれば、困らないほど女が寄ってくるのだろうが。
「そろそろ来るぜ。においがする」
「おう」
腕時計の秒針の音が響く。それを聞いたかのように、酷く汚れた機関車がホームにやって来た。小さな小窓から、虚ろな目をしたソリエ人が見える。赤みがかかった茶色の髪に、深いグリーンの目玉が並ぶ。
ゆっくりと止まった機関車から、三人の軍人が降りてきた。黒と緑の、同じ軍服。
「お、今日はあの仲良しお二人さん」
「どうだった」
一人の軍人にベンが尋ねると、首を横に振る。
「あまり美人は居ないよ」
「そうじゃない……」
ため息をついて、呆れ顔。軍人達は二十代と若々しい。仕方がないのかな、と最近はあきらめがついてきた。
フランが横から入ってきて、軽く笑う。
「お疲れ。仕方ないさ、数も減ってるだろうからな。後はオレ達がやるからさ、先にメシ食ってシャワーでもしてこいよ」
「さすが、アトキンソンさんは分かってる。じゃ、お先に失礼」
三人が背伸びや欠伸をしつつ、ゆっくりした足取りで収容所に帰っていった。
機関車の扉があくと、ソリエ人達がざわざわと騒ぎ始める。これから何が起こるのかはっきりとは分からないが、よくない事が起きるというのは分かっているらしい。敗戦国の国民がどうなるのか……、予想はついているだろう。
「俺が前に行くから、後ろよろしくな」
ベンの声を聞いて、フランはわずかに首を縦に振る。
「おら、早く出て一列になれ。グズグズするな。さっさとしねえと頭ぶっ飛ばすぞ」
銃口をおどおどするソリエ人達に向けると、怯えながら機関車からホームへ出てきた。殆どのソリエ人が首から何かをぶら下げていて、大切そうに握りしめている。
フランはそれが何かよく知っていた。ソリエの国民殆どがソリエータ教の教徒で、あの首飾りは彼らの信じる神であるソリエータへ祈りを捧げるために使うものだ。ソリエータ教の教徒ではないが、フランは首飾りを好いていた。デザインがいいだとかそういう事ではなく、あの首飾りの存在が、おもしろい。
首飾りを取り上げると、大好きなおもちゃを取られた小さな子供のように返して返してとせがむのである。踏みつけて壊してしまえば顔が真っ青になるし、ソリエータ教教徒ではない者が首飾りをかけると顔を真っ赤にして怒るのだ。
それが大好きで、たまらなくおもしろいと感じた。
本物のサディストである彼は、単に他人を虐待するのが好きなのではなく、他人を虐待し性的興奮を覚えていた。性別など関係なく、嫌がる顔泣いている顔怯えている顔が見たい。どきどきして、相手が嫌がっているにも関わらずそのヒトと恋に落ちたような気がするほどに、胸が熱くなる。
自分がサディストであるという自覚は、ない。ただ、自分の欲のままに生きているだけ。それがどれほど悪い事なのか、分からなかった。


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