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Uターン
蛇の眼、鷹の眼

床に転がっているそれはぶるぶると震えて、酷く怯えた目でこちらを見ていた。怖いなら逃げ回ればいいのに、それは立ち上がって動こうとしない。小さく息を吐いて、あの人にそっくりな青い目から大きな涙をぼろぼろとこぼし続ける。だらんと力が抜けた手足を投げ出しているのは、確か少し前に俺が切り落としたのだと思いだした。よく見れば鉄臭い血が床に落ちている。沢山の血が染み付いて微かに赤黒く染まっている部屋の中で、一番鮮やかな色をしていた。それの茶色い髪もすっかり赤く変わっていて、本当の髪色を忘れてしまいそうなほどによく似合っている。死にかけの芋虫のような姿をしている癖に、生きようともがいている(いや、生かされていると言うべきか)。呼吸をするたびにかすかに動いている肋骨はとても頼りない。強く踏めばすぐに折れて肺に刺さってしまいそうな程に。試してみたくなるが、あまりにも哀れに見えたのでやめておいた。何も出来ないと本人も分かっているだろうに、濡れた目でじっとこちらの様子を伺っている。はあはあと犬のような大きな呼吸音。体に着ていた、いや、もう纏わりついた邪魔な布になったそれを奪おうとすると、「いやだ、いやだ」と震えた声を出して布を取られまいと暴れるのだが、手も足もない状態では無抵抗なのと同じだった。無駄な筋肉があまりない、スラリとした体のラインが露わになる。床に広がった血が、それの背中や腹にべったりと飛んだ。何かの名前を(言いたくないし、思い出したくない)呼ぶ。呼ばなくても絶対に此処を嗅ぎつけて追ってくるというのに。あの人に似た青い目、あの人によく似た鼻、あの人によく似た口。あの人は絶対にこんな事を言わない。それが俺を堪らなくドキドキさせる。怯えた表情をもっとグチャグチャにしたくなる。あの人はこれよりもずっと高貴で、美しい。だからこそ、あの人に似たこれの造り出す表情によく解らない感情を抱くのか。憎くもあり、何故だか、愛おしくもある。そっと指で触ると、一瞬顔を歪める。何かされると思ったらしい。予想外の出来事に混乱しているようだ。顔をひきつらせて、じっと目を見る。汗と血で頬に張り付いた髪を払いのけた。生きているのかと思う程に、肌はコンクリートのように冷えていた。さっきは痛い痛いと転げ回っていたのに、いつの間にか顔から痛みが消えていた。傷口も新しい腕や足は生えてこないが、もうピンクの皮膚で覆われていて、出血もすっかり止まっていた。

「腐れキチガイ蛇め!」
「もうきなすったよ、君の優しいパパが」
「……なんて事を……。素直に負けを認めたらどうだ。貴様は負けたんだよ、僕に。負け犬なんだ。いつまでも命にすがっていないで死ね」
「俺はまだ、負けていないぜ。最後の最後まで分からないから面白いんだ。お前が一番分かってる、そうだろ?」
「……サリ……」
「そ、う。サリが居たから、とった。双子でよかった、ぴったりだった。出血がひどかったがね、少し休んだらこの通り、さ」
「死んだのか」
「死んだろうな。あいつは弱いから」
「血の繋がった、実の妹なのに」
「ヒルダとくらべものにならない」
「ヒルダは、もう居ないんだぞ」
「ヒルダの敵をとるのさ。ここでお前を殺し……、いや、そうだなあ。手足と目蓋を切ってから、この哀れな芋虫息子の死ぬ姿を見てからがいいな」
「ばかだな、お前は。ほんとうに、ばかだ。昔からずっとそう思っていた」
「俺がばかならお前はおおばかだ」
「そう……、かも、しれないな」


ドサリ、一つの肉塊が冷えた床に落ちた。



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あきゅろす。
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