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Uターン
黒薔薇のロザリオ
フランシス・アトキンソンは二十年前、田舎町のすみにある小さな城で生まれた。アトキンソン家はあまり裕福ではなかったが武術の才に恵まれていて、アトキンソンの血が流れているフランシスも、例外ではなかった。
アトキンソンの名の下にこそ勝利がある―――、ずいぶん昔に言われた言葉らしいが、戦車が走り飛行機の飛び回る現在でも、びっくりするほどの才能を発揮している。フランシスの兄弟達は一人だって死んではいないし、全員が戦で大活躍して英雄扱いをされていた。
それを見て育った末っ子のフランシスは、同じように戦で大活躍して、父や母に褒めてもらいたいと強く思っていた。
四人続けて男が生まれてきたのだから、五人目も男だろうと父と母は期待していたらしいが、生まれたのは女の子。女は戦には出られないからと、父も母もフランシスにはあまり興味を持たなかった。
大きくなればなるほどそれは酷くなってゆき、フランシスが十五になった時には、兄達しかまともに話さなくなった。
それにフランシスは耐えられなくなり、軍人になろうと決意した。軍人になれば、両親は自分に興味を持ってくれると思ったから。軍人になれば沢山話ができると思ったからだ。
フランシスは近所でも有名な「男装の麗人」だった。兄の真似をして、男の服をよく着ていたのだ。兄達よりはまだ柔らかい印象を持てるが、鋭く黒い目に高い背、ほとんど膨らまない胸を持っていたフランシスには、女の服よりも男の服のほうが似合っていた。
男というには美しすぎたし、女というには棘がありすぎた。沢山の男達が求婚に訪れたが、誰にも首を縦に振らなかった。
フランシスは自分は女であると自覚していたが、男でありたいと思っていた。どんなに綺麗な男が来てもフランシスは特別な反応をしなかったが、街に居た小さな少女や美しい女には、頬を赤くしていた。
軍人になってから、周りの人が女としてではなく男として見てくれるのが、フランシスにとってはたまらなく嬉しかった。その頃には、フランシスは自分が女であるという記憶を消し去っていた。

戦いに出ていくたび、仲間が消えてゆく。知っている顔が見えなくなり、知らない顔だらけの世界に、フランシスはおかしくなりそうだった。才能なのか運なのかよく分からないが、生き残るというのはこんなにも苦しいことなのかと、初めて知った。
そして、この手で沢山の命を消しているのだと思うと、吐き気が止まらなくなった。「よくやった」「お前は英雄だ」と、兄に言われてもフランシスは胸が千切れそうなくらい苦しかった。夜は寝られないし、ものも殆ど食べられない。自分が生きるという事に疑問を持ちながら、ずるずると引きずりながら生きていた。

まわりに持て囃されて、笑えたらどれだけ幸せだろうか。もうどうにもならない事をずっと後悔し続けるのは時間の無駄と、気づいていたが知らないふりをした。


それはずいぶん昔のできごとだと父は言う。私はあの頃フランシスにそっくりだという。
鏡には黒い髪を伸ばした、目つきの悪い目の女が写っている。白いレースのついたワンピースを着て、フランシスの形見のロザリオを持った女はただただ、こちらを見つめている。

戦争が終わった後、フランシス・アトキンソンがどうなったかは、なんとなく分かっていたので聞かなかったし、聞けなかった。




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