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Uターン
血肉の彩

腕を振るいどうにか捕らえて噛みつこうとするが上手くいかない。あたしを連れて何をするつもりだ? ベルベットさんはついて行くな、話すな、つれていかれるな、と言うが。正直な話……、これとやりあってどうやって逃げろと!?
炎を吐きまわっても毒の灰を振りまこうとも、すばしこく避けて急所を狙い足を振るってくる。
体力も消耗し、化身もうまくできなくなってきた。無理矢理ぼやける視界をなんとか脳みそに運んで避け続けるが。
「っっ!!」
顎に一発目。頭が震える。倒れた衝撃で地面が揺れた。逃げられない。全身に巡らせている血の流れはどんどん小さくなっていく。化身がとけたのだ。
「ま、久しぶりの肩慣らしにはなったかな。女ひとりの死体すらもあげられないなんて、アイツも情けないったら」
つれてかれるのは阻止しないと……。大量の魔法臭を放ったんだ、だれか気になって見にきてもよいものだが……? それが味方だとか、助けてくれるような奴なんて保証はない。
リラとツォハルはうまく逃げたろうか。せっかく逃がしたのにどこかで捕まったなんて許さないからな。
立ち上がって化身しようとしてもうまくいかない。爪が割れて痛みが走る。
「おい、おい。やめろよ。なるべく綺麗に持ってがないといけないんだ。じきに……」
うっ、新しい魔法臭。
「きたきた。兄貴!」
「これが?」
「そうだけど。イスカリオテと黒いガキの話は聞いてる?」
「部隊が半分、向かったとガブリエラから」
「黒いガキはたぶん、キンケードの親戚だ。キンケードに見つかったらまずい。あの部隊まとめてやられる。……で、こいつもそうっぽい。生きているのなら撤退させるんだけど、もう手遅れかもね」
「……どう見てもアシュダウンの分家に見えるが……、言われてみれば」
「獣に化身するんだ。違いない。僕が先行して経路をつくるから、頼んだよ。……手柄を少しわけてやるっていうんだ、感謝するんだね」
「……」
あー……。だめだな。動けないし、味方じゃないみたい。ここでおしまいか……。
地面から拾われてもなんにも抵抗できない。目の前が赤い……。頭から出血しているのか……。諦めも肝心、とりあえず殺されはしないみたいだし、それから考えてもいいだろう。今はできることは何も……。



いつの間にか意識を飛ばしてたみたいで、目が覚めると白い壁、白い天井、白いベッド、白い椅子。……げ、まるで精神異常者が閉じ込められる部屋だ。部屋の壁はひとつくりぬかれていて、太い鉄格子がはめられている。奥に見張りがいるな。鉄格子自体の破壊は化身すれば難しくはないだろうが。
起き上がったあたしを見て見張りは何かごにょごにょとどこかに連絡しているようだ。カメラなどは取り付けられていない。
じきに奥からやってきたのは、ブティックのポスターのモデルをしていた天使だ! ベリーショートの金髪。斜視ぎみの右目。成人男性の平均はあるだろう高い背、白いスキニーパンツは鍛えられた太ももではちきれそうだ。
「下がって良いぞ。ゆっくり休みたまえ」
ハスキーな声は肌を震わせた。見張りは礼をして、下がってゆく。
「アイヴィー・ブランチフラワー、貴女を私どもの手で保護させていただいた。数々の無礼をお詫びする」
……保護。保護!?
「私どもの主アスモデウス様の命により、ベルベット様の使いである貴女を死守する。私の名はガブリエラ・ゴスだ。私の元に敵の手は及ばぬだろう」
「敵の手だと!」
「ルシファーの息子グレイ・キンケードから暴行を受けたとの報告が入っている。どうして、キンケードに囚われたのだ?」
情報を渡してはいけない。安心してはいけない。何がどうあっても敵だ。
「……覚えていない……。何があったか……、思い出せない」
「ゆっくり思い出すんだ。つらかろうが……」
「出してくれ。ここから」
「……キンケードの件は、おいておこう。どんな方法でこちらに来たんだ?」
「わからないんだ、なにもかも……」
「わかることから、話してはくれないだろうか?」
……てゆか、なぜ母さんに捕まったことを知っているんだ……。倫太郎さんが? 倫太郎さんは天使嫌いで母さんの元にいたのに。……どうかと思うって、言ってたもんな。
「アルフレッドに会わせてはくれないだろうか」
「アルフレッド? アルフレッド・クリスティか?」
頭を抱えていかにも、困りましたって感じだ。
「……すまないが、それはできない」
「じゃあ話はできない。出してくれ」
首を横に振るだけだ。倫太郎さんはこちらに戻っているわけではないらしい。……無理矢理脱出することもできないし。はてさて。少し考えたあと、ため息をついて。
「私たちの主と面会をしていただく」
「嫌だ!」
「なぜ?」
「敵だ」
「まさか! 私たちは貴女の味方だ」
「味方じゃあ、ねえ。便利な道具にしたいだけだろう。敵だ」
「話せないし面会もしていだけないとなれば、私たちは貴女を痛めつけるほかないのだ。それは、したくない……」
「拷問にかけると言うんだな。それで味方などと、よく言う!」
「貴女が素直に話すなら私たちはどれよりも強い鎧と盾になろう」
「この血が、それを許さねえ。殺したいのなら殺すがいい。拷問にかけたいのならかけると良い。何があろうともあたしはものを言わん」
「何があろうとも?」
「……何かしたな」
ああ、最悪の未来が見える。にーっと笑うのだ、いやらしく。サディストだろうか。指がぴくぴく動いて、あたしの首目掛けて飛んできそうなほどに。
奥から小柄な少年……、ユーリスがやってくる。ユーリスは鎖を握っていて、それに引っ張られているのはぐったりとした黒髪の、……ああ、なんてことだ。リラ!
「リラ! わかるか?」
ぐったりと床にうずくまるリラは首を上げると安心したようで、ちょっとだけ笑った。
「……ツォハルさんは無事だよ」
「でかした……」
ツォハルは軍の人間だ。ルシファーさんにもすぐにこの話が行くだろう。よくやった……。しかしリラが捕まったとなれば、時計も取られたな。どうなるか……。
少し殴られたくらいじゃあ、ここまでならない。ちくしょう……。リラも文官を目指していたとはいえ戦えないわけではないし、もしもの時に備えて拷問をうけた場合どうすればいいかはわかっている。
「こいつ、なかなかしぶとくってね」
ユーリスがぐいぐいと鎖を引っ張ると、首が上がってゆく。思わず髪が持ち上がって化身しようとするが、なんとかおさえた。ここで化身すれば、リラをいじり倒せばあたしが怒ると確信してしまう。
「何をしたら二人は話をしてくれるんだろうね?」
「女は傷つけぬようにと」
「こっちは何してもいいのか」
「セオドアを連れてくるのが一番良いかもしれんな」
この状況でセオドアを目の前にしても、何もできるとは……。話せばアウト。話さなけりゃあ監禁。リラはどうなる……。あたしだけなら……。
「サタンの血は喜ぶぞ」
化身することが得意で、力強く巨大な肉食獣になって戦場を駆け巡る。炎を吐き、筋肉の動かし方を知っているので単純な力に優れている。……なぜセオドアはサタンの血筋を求めるのか? ……体として見て、一番出来がいいのだ。身体能力の高い血筋はサタンの他にはマンモン、ルシファー、レヴィアタンの血。ある程度しなやかでしかし頑丈、力強く素早く動く。龍系のルシファーとレヴィアタンは早く動くことは苦手だし、マンモンはどちらかと言うと手数で攻めるタイプ。
一番サタンが丁度いい、といったところで。黒い髪に炎のような赤い目、すこし発達した犬歯は流れている血を強く主張していた。……ユーリスも。
「それが一番手っ取り早くっていいや」
鎖を引っ張って鉄格子を開け、リラを蹴っ飛ばすとすぐにとじる。駆け寄って様子を見た。いくつか殴られたようで痣が見つかるけど、これくらいすぐ消せる。うまく演技しているな、よしよし……。
「しばらく仲良くしてな」
ユーリスはそれだけ言うと去っていって、ガブリエラは壁にもたれてじろじろこっちを睨む。
「……なにされた?」
「ちょっと殴られただけだよ」
「なら良い。時計は?」
「ツォハルさんに渡してある」
「よくやった……」
リラは本当に、あたしには勿体無い賢い子だ。文官を目指していただけある。あの時計がとられてないのなら、なんとかなるはずだ……。
「なにか話したことはあるか?」
「なんにも……」
「よし。これから、何されても、お母さんが何されても口を開いちゃいけない。お母さんもそうする」
「最初からそのつもりだよ」
リラはにかっと笑って、あたしの肩を握った。

ここをふたりだけで脱出できても逃げ切れるなんてことはありえないだろう。ツォハルがルシファーさんに時計を渡す、これさえ行われればきっと助かるはずだ。様子を見るに、リラが逃がしてからはきちんと逃げ切っているようだし、あたしがどこかへ行ったとなれば親父が連絡するはず……。
しかしセオドアが目の前に現れたなら、あたしはどうにかしてこの場で殺そうとするかもしれない。あまりにも。憎すぎる。この手で影の中に放り込んだものの……。
何がどうあれ、あたしが天使などの言いなりになることはありえない。泥水をすすることとなら、そのほうが随分ましだ。倫太郎さんだから靴に口をつけたのであって、それ以外となれば……、今ここでリラを逃がすことができるのなら仕方なしに舌を伸ばすこともするのだが。

立ちはだかる悪意をヒトの形にしたようなもの。死のにおいを纏わせて、緑色に染めた不自然な髪を揺らしていた。


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あきゅろす。
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