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Uターン
堕落せよ灰蛾の女

鍵屋に行くまでにたくさんのブティックや雑貨屋を見て回り、結局合鍵が出来上がったのは七時半にもなった。買ったものは親父が誰かに電話して車を呼び、その人がうちに届けてくれるんだって。まるで、貴族か姫か……、なんて言い過ぎか。
あっちこっち連れてかれて慣れないパンプスで足が棒になったみたいで、公園のベンチに座って少し休憩した。口がさびしい、タバコすいたい。
夜の公園は小さい子供がすっかり消えて、若者たちが馬鹿騒ぎしたりデートしたり、老いた夫婦の思い出の場所でしんみりしていたり、するのかもしれない。
急にさびしくなって、ついついあいつにするみたくよりかかろうとするのをおさえた。不思議そうに親父がこっちを見てる。
「? どうしたの?」
「なんでもねー」
「ふーん。そう。なら、いいんだけど」
よくないのになぁ。あいつに対しては素直すぎたが、他にはうそをつきすぎるところがある。別に本当のことを話したって殺されるわけではないのに、まあ、これは極論だけどさ。親父だけれどまだ親父ではないわけで……。
買ってもらった黒いワンピースから伸びている足は太い。遺伝だ。
「今日はありがとう」
ふふふと唇を上げている。
「いいって。気にしないで。ぼくだって女の子にもの買ったげるの大好きだから」
白い髪の髪質は同じだ。癖があってふわふわで、雲か羽毛みたいで軽い。ピンク色の毛も混じっている。美容院に行くといつも美容師は困るんだ。
……また、あたしはひとりなんだな。よおく知った街でまたひとりぼっちだ。覚悟はできていたのに、何度も経験したのに、いざとなると寂しくて心細くてたまらない。胸のずっと奥がぎゅうぎゅうに締め付けられて、苦しくて息ができなくなってくる。夜空はいつもくすんだ色。格好だけじゃなく、脳みそまで若い頃に戻ってるな……。
「本当に大丈夫? もしかしたら酸素酔いかな。 こっちの空気に慣れるまで酸素酔いするかもしれないね」
「酸素酔い?」
ああ、確かにここしばらくはずっと魔界にいたから。
「酸素ってぼくらの体にあんまり必要ないからさ。こっちには酸素が多すぎるんで血が酸素取りすぎて魔力の行き場が狭くなって、自分の魔力で酔っちゃうんだよ」
「確かにちょっと魔法酔いっぽい」
でも1番は何なのかはわかっている、このイライラは魔法酔いでもニコチン切れでもなく、急に若い体になったんで性欲が高くなってきてるんだ。悪魔だから、仕方のないことだけど。処理しようにもな……。
「そろそろご飯行かない? 結構休憩したし」
「え、えと、うちで食わないか。疲れたんだ」
「ん、そうお。酸素酔いしてるしね。無理にいろいろ連れ回してごめんね、帰ろう。何か家であるものか、頼もうか」
外に居ると妙なもんに刺激されそうでいやだ。
「タクシーで帰ろう」
そうつぶやいて、あたしに言うというよりは自分に言い聞かせてるみたいに、そうして立ち上がると風が強く吹いた。髪が持ち上がり、木の葉が飛んでゆく突風。振り向くとそこに奴はいる。赤い髪をなびかせて、さも、自分が神か何かだと言いたげな表情で、暗い中で緑のひとみがギラギラと。
「お時間いただけるか?」
「……」
「俺はアスモデウス様の使いサマエルである。お時間いただけるか?」
ポケットの中の時計、針に触れるとぴたりと時は止まる。構えている親父を抱え、空に飛び上がる。なるべく離れたほうがいい、あいつはやばい。素のあたしじゃ到底、勝てない相手だと判断した。とにかく遠く!
ビルとビルの間を飛んでゆく。風が再び動き出すと、嫌な魔法臭が鼻を突く。
「ぎゃ! あ、アイヴィーちゃん!?」
「あばれんな!」
「なに?!」
手頃なビルにおりる。あいつはどこだかわからないが、きっと追ってるはずだ。
「あの天使から逃げてるの? てゆか、ぼく微妙に記憶ないんだけれど」
「とりあえず、あたしの背中に掴まれ!」
「掴まれったって、そんなの……!」
月を見つめて宙に吠える。あたしの体は白い毛に包まれ、指は短く、ふとももは盛り上がり尻尾がはえてくる。しゃがんで親父に乗るように促すと、なんとか足を持ち上げて乗ったようだった。
「ね、おっかけてきてる」
「ちくしょう……」
地上ならまだしも、空中なら圧倒的に不利だ。いちいちどこかに降りて影を出しなおさないとこの姿では飛べない。化身していないと親父を連れて行くのにはつらい。
……体が覚えてるんだ、あの恐怖を。

なんとかビルにしがみついて這い上がった。なぜだか四肢にうまく力が入らない。はあはあと息をすると、親父はあたしからおりて心配そうに顔をのぞいてくる。
「どうしたの? どこか痛いの!?」
ああ、嫌なにおいだこと。
「その犬はしばらく動けん」
足がびくびく痙攣しだしてきて、もうしばらく動けそうにない。脳みそがとろけてるような感覚だ。すぐに化身もできなくなって、ヒトの姿に戻ってしまう。
「お前誰だ? 何のためにこんなことを?」
「呪い使いの虫けらに用はないのだよ」
親父は、呪いに関してはトップクラスの才能と実力を持っている……。
襲いかかる灰の嵐は天使の翼をかためてしまう。仕舞うにも呪いのおかげでしまえないはずだ。翼を使えず体の重くなった天使なんてただの鳥より殺しやすい。
「さあ、焼いてほしい? 毒がいいかな?」
天使は戸惑っているようだった、翼をこんなふうにされるなんて思わなかったのだろう。と、いうか、様子を見るにあの天使も呪い使いの類だ。何か術をかけているようだけど、自分の体と呪いを知り尽くした親父に呪いをかけても、すぐに解除されてしまう。あのヒルデガードさんのところで修行してきたんだ、呪いにおいて親父に勝る悪魔や天使は指で数えられるほどしかいないだろう。この若い頃でさえ。
あの天使、……きっとあたしはボロ負けするだろうし、チャコや母さんも相性が悪く、かなり不利だ。戦い慣れしてるようだし。……親父の対処法はないようだけれど。とうとう追い詰めた親父が、天使を壁に追い詰める。
「エヘ……、綺麗な顔してんね。名前なんてったっけ?」
「……」
「ぼく、天使とセックスしたことないんだよね。どんな感じなんだろうね?」
げ、親父ったら本当に見境ない。噂では聞いていたけどさあ。マジに、こんなとこでやっちゃうわけ? って、もちろんそんなことない。天使が親父の腹を蹴っ飛ばす。そのまま飛びかかって馬乗りになって胸倉掴んで、だめだ、体術じゃ負けてる。
「俺も悪魔としたことはない」
顔に握りこぶしを押し付けられて、ふるえた声を出し始めた。
「おねがい、顔は、顔はやめて……」
ジッと見て、ああ、あんな目に睨みつけられたらどれだけ恐ろしいか。半開きになった口に長い舌を入れ込んで、……。
「! ! !」
目を見開いて大人のキス、指が震えて目には涙が浮かんでいる。赤い髪の天使が口を離すと、親父の喉がドロドロに溶けて、……え!?
無理やり体を持ち上げてすぐそばの親父に手を伸ばす。ちらっと目だけ向けて、やっとで唇から飛び出したのは。
「……逃げて!」
かすれた声で、おそらく声帯が焼けているのだとおもった。いくつか聞こえた音の断片で、逃げろと言ってると判断した。天使が親父の頭を軽く蹴飛ばすと、首と体がはなれ、て……。
転がった首と無い頭を交互に見つめて、え、そんな、ばかな! 親父? うそだよな? 親父が死ぬなんて、ありえない、こんなにも簡単に……。
「お前が逃げたりしなければ、この呪い使いが死ぬことはなかったのに」
足はまだうまく動かない。なんとかなれば時計で逃げるのに。親父の体を連れて。あたしらは再生能力の高い種類だし、今ならまだなんとかなるかもしれない。
「あ……」
喉が沸騰したように泡立って、親父の体は赤い液体に変わってゆく。骨さえもものすごい勢いで溶けていって、ついには骨のカケラが赤い血だまりに浮いてるだけ。
天使は血だまりを踏みつけ、しゃがんであたしの顔を見つめた。
「俺はアスモデウス様の使いサマエルである。貴方の名は?」
「……」
耳に入らない、親父だったそれをぼんやりと見つめるだけだ。触れようとすると天使に手を払われる。
「触るな、これはものを溶かす」
天使の足は溶けていない、が、これはいわゆる毒だ。自分の体液に呪いをかけているんだ。キスした時に唾液が入り込んで呪いが発動したのだ……、自分の呪いで死ぬ呪い使いなんて居るわけがない。
「貴方の名は?」
「……あ、アイヴィー・ブランチフラワー」
にらみつけられて、震える喉をさらにふるわせる。
「ブランチフラワー? アシュダウンの分家にそんなのがあったか……」
アシュダウンか、今はアシュダウン家が天界を支配していると聞いた。没落貴族からトップへと一代で呪い使いでありながからのぼりつめたアシュダウン家の当主アシュレイ・アシュダウン。あいつはセオドアの再来ともいわれている。親父のブロウズ家はアシュダウンから別れた家だ、アシュダウン家の女エリザベトが地上に降りて子を作った結果が洗礼者ヨハネであり、それが親父の祖父にあたる。確かそうだったはずだ……。ブロウズを名乗ったのは親父の代からだ。
あたしや親父の姿はもろにアシュダウンの血を引くとわかる。白髪、癖っ毛、ピンクの目。
「アイヴィー、貴女にアスモデウス様が会いたいと。確か……、アスモデウス様の妹ベルベット様の使いなのですね?」
「使いなんかじゃあない……。あたしはベルベットさんの実験台さ。なんにも伝えることはない」
冷静に受け答えしたり、いろんなことを考えて意識をそらそうとしたけど、血だまりが目に入ると泣きそうになってしまう。はやくこいつを帰したくて仕方がなかった、どうしたらいいのかわからないしどうしようもないとは理解しているけれど……。
「それは、それは、さらに気になることを。アスモデウス様も面会を希望しておりますから。ぜひ天界に」
「なら、ベルベットさんに連絡しても良いか?」
「どうぞ、なさってください」
携帯を取り出してベルベットさんに電話……、本当に繋がるのかな? なんて不安だったけどすぐにあのセクシーな声。
『もしもし、アイヴィーちゃん。お電話うれしいわ』
「ベルベットさん……、まずいことになった」
『あら、どうしたの?』
「親父が殺されちまった……」
『なんですって、あの人が? まさか、あの人に限って、蛾を逃がし忘れることなんてことないでしょうね……』
はっとした。非常口の扉が勢いよく開き、灰の嵐が再び天使を襲う。親父だ! 目潰しした隙にあたしの元に駆け寄ってあたしの足に刺さっていたらしいウロコを引き抜いた。あの天使のものらしい、ぺろりと傷口を舐めて唾液を塗りたくると、いくらかマシになる。
「ごめんねっ、階段結構長くて時間かかっちゃった。逃げよ!」
「あ! ああっ!」
携帯電話を親父に渡し、化身してビルの屋上を飛び出した。翼が灰で固められているんじゃあしばらく飛びようがない。良かった、これならなんとかまけるだろうし、あの天使も諦めるだろう。
一応色んな所に体をすりつけて魔法臭を残しておいた。人の居ない路地裏に降りて息を吐き出す。
「ふう、なんとかなってよかった。アイヴィーちゃん、どっかほかに怪我とかない?」
「あたしは平気だが……」
「あ、電話返すね」
すぐに受話器に耳をつける。
「ベルベットさん。親父はなんとかなったんだが……」
『……あ! もしもし。そう、よかったわ。で、どうしたの?』
「サマエルという天使に追われている。なんとか今は逃げ切ったが。アスモデウスってやつとあたしを会わせたいんだと」
『兄さんが?』
ああ、やっぱりこの人の兄弟ね。
『……兄さんには会わないほうがいいわ。セオドアを本当に愛しているから。だから天界でセオドアと一緒にいるの。私たちの目論見がバレたらまずいのよ』
「なあ、あたしをここによこした理由、ちゃんと聞いてもいいか?」
『ごめんなさい、まだ話せないわ。でも、兄さんとの接触はできるだけ避けてちょうだい。もし万が一接触してしまった場合は、わからないで通してもらえないかしら』
「わかった。ルシファーは大丈夫か?」
『あの子は大丈夫よ。むしろ積極的に頼ってほしいくらい。……たしかその時代は悪魔狩りがかなり激しかったころね、さっきの天使もそうだけれど、よく気をつけて。あなたの体はきっと、喉から手がでるほど欲しいとセオドアは考えるはずだから。ま、それは逆にチャンスになりえるから』
……そうか。セオドアは母さんやあたし、チャコに異様なほど執着していたし、ユーリスや名前はなんといったか、サタンの血が強い悪魔を側近にしていた。サタンの血統を好んでいるのか……。
「了解」
『じゃあ、また連絡してちょうだいね』
携帯を閉じて、ぐったりと地面に座り込む。うーん、疲れた。あたしは一応Aランクだけれども、実技は組手でも呪いや製薬でもなく(一応それなりにどれもこなすがAランクほどはできない)化身で受けた。化身状態はふつうよりかなり長く続くらしく、そして化身後の能力にも恵まれている。
やっぱり化身できなくなることも今回みたくあるだろうし、呪いにしろ組手にしろできたほうがいいよなぁ……。
自分の力不足を痛感する。




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