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Uターン
愚弄せよ灰蛾の女

マンションを出ればすぐにビル、ビル、ビル。見慣れた光景だけれど圧倒される。親父の後ろをついていくけど、まわりの視線が痛い。通りすがり、車の中、果ては向こう側の歩道まで。
「ねえあの二人……、姉妹かな?」
「可愛いね、どっちもお人形さんみたい……」
居心地わるくて親父にアイコンタクトしてみるけど、不思議そうな顔して首を傾げてるだけだ。
「なあー。目立ってねえか」
「まさかぼくが警察なんて思わないでしょ、舐めて乱暴されて点数稼ぎになったりするんだよ」
絶対楽しんでる、あたし知ってるんだから。
「おや……」
立ち止まってどこかを見てると思えば、何やら騒ぎ。人混みに進んでいってのぞいてみると、血のにおいがぷんと漂ってくる。
その真ん中には血、それから女性の体。飛び降りか何かか?
「これはぼくの仕事じゃあないよ。これだけ人がいるなら、誰か救急車なり警察なり呼んだでしょう……、ほら」
けたたましいサイレンの音。
「南は元から治安はよくなかったけど、こんなしょっちゅう死体を見かける街じゃなかったのになぁ。もう誰も驚かないし面白がって写真とか撮ってるし」
「ふうん……」
「あーやだやだ、服に血のにおいがついちゃう。早く行こう!」
あたしが住んでたのは中央だけど、盗みが一件あっただけで大騒ぎだったのに。モールは大きい街だけど、こんなに場所によって感じが違うとは。
「ねえ、ここのお洋服とかアイヴィーちゃん似合いそう。見てかない?」
「え、ああ……」
黒いシックな感じのお店、金髪ベリーショートの美人がすまし顔でこちらを見ている広告が上がっている。見るからに高そうだし、ちょろっと値札を見ただけでもめまいが……。こんな高い服着たことない。
「なに、それ気に入ったの? 試着する?」
あたしの手から黒いワンピースを取り上げて、すそについたレースを指でなぞる。
「こういうの好きなの、意外だなあ〜。好きな人の趣味? 似合いそう」
「そ、そんなじゃないったらッ」
店内にいくつもある広告ポスターの金髪の女の視線。ぎゃいぎゃいはしゃいでるのに気づいたのか、若い店員がこちらにやってきた。
「いらっしゃいませ。おねえさんと妹さん……、ですか?」
「まあ……、そんな感じかなー?」
親父の声を聴いてぎょっとする店員さん、そうなんだ、えらくふわふわの可愛らしい格好だけど声は立派な男なんだから。
「きちっとしたとこに着ていく服持ってる? ないでしょ。一応一着くらい持っておいたら? 何があるかわかんないよ」
「そんな、きちっとしたとこなんて行かないよ」
「じゃあぼくが誘ってあげる」
理由は何でもよくって、とりあえずこの人はあたしに服を買ってあげたいようだった。
「仲良しなんですね。そちらのワンピースでしたら、こちらのジャケットと合わせても可愛いですよー。ちょっと寒くなっても着られます」
店員さんが持ってきた白いジャケットを親父は眺めて、うーんとわざとらしく。
「白は髪の毛とかぶっちゃうね。それ、他の色ない?」
「ありますよ……。そうですね、パステルピンクなんていかがです?」
「あ、かわいい。ピンク似合うよね。黒はないの?」
「もちろん!」
「黒もいいね。どっちもいいじゃん? どうお?」
どうお? って、ええ!? わたわたしてると、とりあえず着てみればと店員さんの鶴の一声で試着室。……あー。ちょっと疲れる。でもあたしだってライラとかチャコにはこうしてバービー人形みたいに着せ替えしてたもんだけどさ。
さっきのワンピースに袖を通す、適当に手にとったのにこんな目にあうとは思わなかっただろうね、このワンピースも。
「もう着た?」
「あ、ああ!」
「開けるよー」
カーテンが開いて、あー。緊張。ピンクのジャケットはちょっとあたしには可愛すぎる気がする。
「お似合いですよ!」
「うん、いい感じ」
もう、こんなの着てどこに連れていかれるんだか。黒いジャケットに変えてみるとまた表情が変わる。
「あ、黒のが似合う。雰囲気合ってる」
「そうですね……、妹さんボーイッシュですもんね」
葬式に行くにはちょっと派手、大人っぽくホテルで飯食うような服だ。本当に必要なもの? 部屋のテレビとかコンポ、マンションだって……、NDはそんなに金をもらえるわけではない。どこからそんな金が湧いてくるんだろ?
「そのジャケット、雑誌にも載ってて人気商品になってます。モデルのガブリエラさんとのコラボなんですよ」
「どなたか存じ上げないけど……、ふふ、ラッキーだね、きっとすぐ売れちゃうよ」
「あれ? ガブリエラさんご存知ないですか? 最近出てきたカリスマ! スーパー! モデルですよっ。うちのポスター、ぜんぶガブリエラさんです」
さっきから気になってたけど、ふーん、そうなんだ。スターのオーラ溢れてるよなぁ。
「異能者の上に完璧な美貌を持っていて……、ほんと、羨ましいです」
ぱっと目を合わせる親父とあたし。ガブリエラ、という名前からしてかなりの確率でこいつは天使、だ。わりと若いだろうし、若い悪魔は基本的に『ガブリエラ』とか、『マイケル』とか、『ラファエロ』なんてキラキラした名前じゃない。
ただ、昔悪魔が天使だったころから続く由緒正しい家の子供は、天使の名前はつけないが預言者の名前や聖書からもらってくることがある。たとえば『イライジャ』『ノア』『ジョナサン』、女なら『イヴ』『デボラ』『エステル』なんかがそうだ。
こっちに来た日に出会った酒場のツォハル・イスカリオテ、彼の名『ツォハル』はヘブライ語由来なので、かなり古い家系で由緒正しい血筋ということがわかる。あたしや親父、母さんは血はそこそこいいものを持っているが名前にこだわってなかったか分家、ということになる(そのへんはあまり興味がなかったんで調べてない)。ライラは天使……、実際の天使ではなく聖書の天使から名前をとっているんで産まれがいいとわかるし、倫太郎さんの本名アルフレッドは……、血は最高なものの、父親にさえ隠された存在だったからなのか名前はふつうのものだ。長男や長女にのみ、そういった名前をつける場合もある、基本的には一番上の子が家を継ぐことになるので。
勿論このガブリエラが天使でなく魔女である可能性はあるが……、悪魔ではないことは確かだ。
「……? どうかなされました?」
「いいや! このジャケットとワンピース、いただくよ。あわせるパンプスか何か持ってきてくれる?」
げ、全身揃えるつもり? 店員さんが三種類ほど持ってきた……。
「ジャケットとワンピースが黒なので、色なんてどうです?」
赤、紺色、水色。お店の照明でにぶく輝いている。
「うーん、この中なら赤だね。はいてみて」
文句いってややこしくなるのもめんどうだし、いいなりだ。赤のパンプスはヒールが高め。
「赤だね」
「赤ですね」
なんか照れちゃうな。こんなに見られてると……。
「じゃ、これ着てく。いくら?」
店員さんが持ってきた電卓を叩く音は軽やかだ。恐ろしい数字が並んでて覗けない。でも親父は涼しい顔して財布を開いた。お札の束をガバリと出して渡す姿はそのお札がただの紙の束にさえ見えた。
「先ほど着てらっしやったこちらはどうしますか? 袋用意させていただきますが……」
「あ、頼むよ」
紙袋にあたしの袋がひょいひょい入っていって、渡されて。
「ありがとうございましたー、またよろしくお願いしますね。カタログも袋の中入れさせていただきましたんで、よければご覧になってください」
「ありがとねー。また来るよー」
そう手を振りながら店を出る。外の空気を吸って、はああっ
と吐いて、ああ、緊張した。あんな高そうな所入ったことないもの。その様子が相当おかしかったみたいで、親父はくすくす笑っていた。
「そんなにびびらなくったっていいのに」
「あたし、こんなの買ってもらっても何にも返せないよ……」
「いやね、これからおうちのこととか頼むこと多くなるだろうから、ぼくが返してるの。だから気にしなくていいんだよー。むしろ、こんなのでおうちのことしてくれるんならいくらだって買ったげるんだけど」
「いやあ……、兄貴がNDだったんだけど、NDってそこまで給料いいわけじゃあないだろ?」
「まあね。でも別にお金が入ってくるのはそこだけじゃないしー。家賃はおじさんが出してくれてるしね。こーゆー街だと、色んなお金稼ぎの方法があるし、色んなお金の使い方があるんだよ」
にたーっと得意げに笑う親父の顔を見て、あ、この人悪いことしてるなと確信した。
「NDはね、基本的に人不足だから、なんとかして異能者を逃がしたくないんだよ。犯罪者を使ってるところだってたくさんあるんだからね。ちょっとやそっとの悪事はもみ消してくれるのさ。人の一人くらい……、いなくなってもわかんないでしょ、こんな街だから……。ひみつだよ? お兄ちゃんがNDだったなら、知ってるかもしれないけど」
甘い汁を啜り悪いことを隠して生きることがあたしには間違いなのかはわからない。それによって生きることが許される人たちだって少なからずいるわけで。
「こっちはね、本当に……、呪い使いには心地よすぎる場所だよ」
体をはらなくても生きていけることのありがたみ。あたしはどっちもできるけど、どっちも中途半端。これくらいが、一番こちらで過ごしやすい。
セオドアだって、きっとそうだった。子供を保護している裏で、死体を探していた。いいことをしていれば悪いことが許されるわけじゃないけど、それで救われた命と失った命とをくらべてどっちがいるとかいらないとか、必要だとか必要じゃなかったとか比べることはおかしかった。
あいつはこの街のどこに潜んでいるんだろう……。本来なら母さんと再び出会って影の中に閉じ込めてしまうけれど、歴史はあたしの登場によってかなり変わり始めている。
あたしが母さんに拷問されているのを見てしまった倫太郎さんはどう考えてどう動くのだろう。あの人の動きによって贄の戦いの勝敗は決まってくる。倫太郎さんがセオドアの元に戻れば負けだ。いくら母さんとあのラスボス……、ルシファーやヒルダさんら沢山の悪魔たちも、化身して暴れ出すセオドアと倫太郎さんを止めることは難しい。
しかしどちらか一人であれば勝算はじゅうぶんある。
あたしにこうしてボディガードがついたということは、別の誰かがセオドアを探しているはずだ。ルシファーは姉の客を殺すわけにはいくまいと思っているが、魔界に閉じ込めるよりはこちらにいるべきと判断した。あたしが生きたころの魔界はすっかり平和だったけれど、今は天使による悪魔狩りが激しく、あたしのような若い女の呪い使いなんて格好の標的なのである。悪魔狩りの目的はみせしめ、セオドアの皮膚、嗜好品などといくらでもある。あたしは親父の元でセオドアが見つかるまで待っているだけで本当にいいのか?
「なあ、……」
「どうしたの?」
先を歩くロリータファッションに身を包んだ少女のような少年のような成人男性は振り返る。
「あたしもND入れないかな」
「んー……」
あたしが追いつくのを待ってから。
「入れるとは思うけど、ぼく、おじさんに怒られちゃうよ」
「でも、おとなしく待ってるなんて性に合わねんだ」
「そうだね……、アイヴィーちゃんの目的を果たすのに一番いいのはNDに入ることだよね」
「その、……一応、試験には受かってるし、足手まといにはならないつもりだ」
それに時計だってある。この時計はどんな悪魔より天使より、ずっと強力な力だ。
「そっか。ランク持ちなんだ。おじさんに相談してみようか」
「頼めるか?」
「聞いてみるよ。一緒に働けたらいいよね……」

NDに行けば、きっとセオドアが殺した被害者の情報が入ってくるし、あれほどの大物となればモール全体で対処しようとするはずだものな。そのうちぶつかるはずだ、奴と。
「さあ、次はどこいこう?」
「なんか、ずいぶんと楽しそうだ」
「まあね。あんまり友達いないし、きみみたいな美人の友達は特に。わりと清い出会いをした女の子と買い物なんて行くことないから」
匂わせるな。面白がってる?
「清くないのはあるんだ?」
誘ってるんでしょう。くくくと喉をならしてる。
「あるから言ってるんだよ」
このビルのジャングルにできる影の中に、どれほどの女が、子供が、男が、泣いているんだろう。それをビジネスにして飯を食らう人間はどれほどいるんだろうか。
「皆ね。正直に生きてるよ。それが一番幸せなんだよ」
リズムを刻む靴の底。ご機嫌ステップでコンクリートを踏み鳴らす、彼もこんな靴に踏まれるならご満悦か。
「みんなが自由に生きたがるから、こうやってぼくらみたいな警察が必要なんだろうね。ぼくだっていけないことして好き勝手してるけど、流石に人はそんなに殺してないから。だから本当は誰も自由じゃないんだろうね」
あたしは自由か? 手の中で懐中時計を転がしている。




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